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令嬢ゲーマー、婿活はじめます  作者: ベルガ・モルザ


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第五記録【力こそ神だ】




四月二日、午後。


九条グローバル本社の裏手には、東京ドーム数個分はあろうかという広大な資材置き場が広がっている。

そこは、この会社の「男臭さ」を煮詰めたような場所だった。


轟音を立てて旋回する巨大クレーン。

重機を乗せたトレーラーが行き交い、舞い上がる砂煙。

鉄と油と、男たちの汗の匂いが混ざり合った、むせ返るような空気。


そんな荒々しい景色の中に、とてつもない異物が混入していた。


私だ。


「……ねぇ明菜。これ、何の罰ゲーム?」


私は白いハンカチで口元を押さえながら、足元の砂利道を睨みつけた。

今日の私の装備は、純白のワンピースに、華奢なストラップのついたピンヒール。


高原の別荘地ならいざ知らず、ここはガチの工事現場だ。

一歩歩くたびにヒールが地面にめり込み、白い裾が埃で汚れそうになる。


訂正しておくがこの会社、基本好きな服をきて出社してもいいスタイルの会社だと釘を刺しておく!


『何言ってるのよ。戦場にドレス、これ常識でしょ?』


隣を浮遊している明菜が、ケラケラと笑う。


『周りが薄汚れた作業着ばっかりだからこそ、アンタの「白」が際立つのよ。コントラスト効果ってやつ。男の視線を集めるには、違和感を演出するのが一番手っ取り早いの』


「目立ちすぎて撃たれるってば……」


周りの作業員たちが、ギョッとした顔でこちらを見ている。

そりゃそうだ。こんな場所に深窓の令嬢が紛れ込んでるんだから、幽霊か妖怪だと思われても仕方ない。


「うぅ……帰りたい。なんでこんな格好させたのよ」


私が愚痴ると、明菜はふと何かを思い出したように手を叩いた。


『そういえば茉莉子。アンタの名前、往年の銀幕の大スター・岡田茉莉子と一緒なのよねぇ〜。パパもなかなか渋いとこ突くわね』


「……は? 誰それ? 知らないし」


『あら、知らないの? まぁいいわ』


明菜は派手な扇子を取り出し、バッと広げて口元を優雅に隠した。


『やっぱりアンタ、生まれながらに大女優の運命を背負ってるのかもねぇ、オホホホ!』


扇子の隙間から見える目が、楽しそうに細められる。


「……昭和ネタやめて。ジェネレーションギャップ感じるから」


私はジト目でツッコミを入れる。

私の周りはどうしてこうも変な人間ばっかりなんだろう。


『運命からは逃げられないわよ』


明菜はふわりと宙に浮き上がり、空中でくるりと回った。

その指先には、いつの間にか一枚のタロットカードが挟まれている。


『今日の運勢は「力(STRENGTH)」。意味はそのものね「力」、あるいは「猛獣使い」。アンタがあのゴリラを手懐けるか、それとも頭からバリバリ喰われるか……見ものね』


不吉な予言を残して、カードが光の粒子となって消えた。


「喰われるとか言わないでよ……」


私は身震いしながら、資材の山の向こうへと視線を向けた。

そこには、私のお目当ての「猛獣」がいるはずだ。


いた。


積み上げられた鉄骨の前で、一際大きな背中が見える。

作業着の上からでもわかる、岩のような筋肉の盛り上がり。

ヘルメットの下から覗く、茶色い短髪。


「おい! そこ危ねえぞ! 気合入れろ! 安全確認サボんなよ!」


ビリビリビリ。

空気が震えるような怒号が飛んできた。


「うわぁ……声デカすぎ。鼓膜破れるって」


私は耳を塞いだ。

マイクいらないじゃん。人間拡声器かよ。


あんな大声で怒鳴られたら、私の豆腐メンタルなんて一瞬で粉砕される。


でも。


私はバッグからオペラグラス(一応お嬢様だから)を取り出し、こっそりと彼を覗き込んだ。

レンズ越しに、彼の顔がアップになる。


「悔しいけど、顔はイケメンなんだよな」


改めてまじまじと見ると、その造形の良さに驚かされる。

髪型はスパイキーショートで爽やか。額に滲む汗が、スポーツドリンクのCMみたいに似合っている。


唇は少しポテッとしていて、アヒル口に近いような、不思議な愛嬌がある。


そして何より、目だ。


キリッとした眉の下にあるその目は、二重幅が少し広くて、どこかぼんやりしたような、眠たげな印象を与える。


ゴリラみたいな体躯に、大型犬みたいな顔。

アンバランスだ。


一歩間違えれば崩れそうなのに、奇跡的なバランスで「造形美」として成立している。


「……あの隙のある目元、めちゃくちゃスコだわ……推せる」


私は思わず声に出して萌え語りを展開してしまった。


悔しい。

中身はゴリラなのに、ガワだけは私の性癖にクリティカルヒットしている。


『見惚れてる場合?』


明菜の声で我に返る。


そうだ。今日は鑑賞に来たんじゃない。

接触しに来たんだ。


私はオペラグラスをしまい、覚悟を決めて一歩踏み出した。


女優スイッチ、オン。

私は深窓の令嬢。か弱くて、世間知らずで、でも健気な「一条茉莉子」――。


ヒュオオオオオッ!


その時。

突如として、猛烈なビル風が吹き抜けた。


「きゃっ!?」


スカートが捲れそうになり、慌てて押さえる。

砂埃が舞い上がり、視界が白く染まる。


ガラガラッ……!


不穏な音が響いた。

風上の方だ。


見上げると、うず高く積まれていた空のドラム缶の山が、強風でバランスを崩していた。


固定していたロープが緩んだのか、一番上の缶がグラリと傾く。


そして。


ガシャアアアアン!!


雪崩のように、数本のドラム缶が崩れ落ちてきた。

重力に従って、ゴロゴロと転がり落ちる鉄の塊。


その進路の先には――私がいた。


「え、あ、ちょ」


思考停止。

フリーズ。


逃げなきゃ。避けないと。

頭ではわかってる。


ゲームなら、右スティックを倒して回避行動を取るだけの簡単なQTE。


でも、現実は違う。


私の運動神経は壊滅的だ。

足がすくむ。ヒールが砂利に食い込む。


迫り来る鉄の塊。


死ぬ。


こんなところで、ドラム缶に潰されて人生ログアウトなんて――。


私はギュッと目を閉じた。


ドォンッ!!


目の前で、爆発したような轟音が響いた。

風圧が顔を叩く。


……痛くない?


恐る恐る目を開ける。


そこには、信じられない光景があった。


私の鼻先、わずか数センチのところ。

転がってきたドラム缶が、止まっていた。


いや、正確には。


「…………ふんっ!」


太い脚が、ドラム缶にめり込んでいた。


大山田だ。


彼が私の前に立ち塞がり、転がってきた鉄の塊を、その右足一本で蹴り止めていたのだ。


ドラム缶の側面が、彼の安全靴の形にベコッと凹んでいる。


「……は?」


人間?


これ、空じゃなくて中身入ってたら数トンの衝撃だよ?


大山田はゆっくりと足を下ろし、私の方を振り向いた。


鬼のような形相だ。


「おい!!」


怒声が飛ぶ。


「ここは遊び場じゃねえぞ! ぼーっとしてんじゃねえ! 怪我したらどうすんだバカ野郎!!」


ひぃぃぃっ!


怒られた! 命の恩人にめっちゃ怒られた!


恐怖と、衝撃と、安堵。

いろんな感情が一度に押し寄せて、私の容量オーバーな脳みそがショートした。


ガクガクと膝が笑う。

もう立っていられない。


「ひぃっ……ご、ごめんなさい……」


私はその場にへたり込んだ。

涙が勝手に溢れてくる。


演技じゃない。ガチ泣きだ。


でも、ここで私の女優魂が、この状況を利用しろと囁いた。


チャンスだ。

か弱い私。守られる私。


このシチュエーション、完璧なイベントじゃないか。


私は震える手でスカートの裾を握りしめ、潤んだ瞳で彼を見上げた。


「あ、足が……腰が抜けちゃって、動かなくて……怖かった……」


儚げな声。


完璧だ。


これなら、どんな荒くれ者だって「悪かった」って手を差し伸べてくれるはず――。


大山田は、怯えて震える私を見下ろした。

そして、バツが悪そうにポリポリとヘルメットの上から頭をかいた。


「あー……すまん。デカい声出しすぎた。つい現場の癖でな」


彼はため息をつくと、作業着のポケットをごそごそと探り始めた。


何かを探している。


ハンカチ? それとも飴?


「ほら、これで落ち着けよ」的な甘い展開?


「ほらよ」


彼の手が伸びてきた。

そして、有無を言わさず、私の口に何かを突っ込んだ。


「んぐっ!?」


口の中に広がる、独特の弾力。

少し塩気のある、魚のすり身の味。


噛みちぎると、真ん中に穴が空いているあの形状。


……ちくわ?


しかもこれ、真空パックのやつだ。

袋の端っこだけ破って、ワイルドに突っ込まれた。


は? ちくわ? なんで?

ここでプロテインバーとかチョコじゃなくて、ちくわ!?


脳内が大混乱する。


お嬢様の口にちくわをねじ込むヒーローなんて、古今東西どの乙女ゲーにも存在しない。


「……んぐ、んぐ……」


「よし、食ったな」


大山田は満足げに頷くと、私の腰に手を回した。


「ひゃっ!?」


ふわっ。


視界が高くなる。


私の体は、いとも簡単に持ち上げられていた。


お姫様抱っこ。


太い腕。硬い胸板。

作業着から伝わる体温と、微かな汗の匂い。


不覚にも、ドキッとしてしまった。


筋肉の鎧に包まれているような、絶対的な安心感。


「ちょ、ちょっと! 降ろして……!」


「暴れんな。危ねえから」


彼はスタスタと歩き出す。

私という荷物なんて存在しないかのような軽快な足取りで、資材置き場の外にある休憩スペースへと向かっていく。


「とりあえず食っとけ」


彼は前を向いたまま言った。


「人間、腹減ってるとビビりになるからな。ちくわはいいぞ、すぐ食えるし筋肉になる。俺の常備食だ」


ちくわ理論。


謎すぎる。でも、彼の自信満々な横顔を見ていたら、妙に説得力があるような気がしてくるから不思議だ。


私は大人しく、口元のちくわをもぐもぐさせた。


……うん、美味しい。


高級フレンチより、今の私にはこの塩気が染みる。


彼は休憩用のベンチに私を降ろすと、ニカっと笑った。

白い歯が眩しい。


裏表のない、太陽のような笑顔。


「怪我なくてよかったな! ま、あんなドラム缶、俺にかかりゃボールみてぇなもんだ」


ガハハ、と豪快に笑う。


私は呆気にとられた。


なんだこの人。


『ほらね?』


明菜が私の横にふわりと舞い降りて、耳元で囁いた。


『単純明快。計算も駆け引きもいらない。今のアンタにはお似合いよ』


確かに。

この男相手に、高度な心理戦なんて必要ない気がしてきた。


「また危ない目に遭うといけねえから、なんかあったらすぐ連絡できるように交換しようぜ」


大山田はスマホを取り出すと、手慣れた様子で社内チャットのID画面を表示して突きつけてきた。


「え、あ、はい……」


私は震える手で自分のスマホを取り出し、QRコードを読み込む。


連絡先ゲット。

ミッションコンプリートだ。


こんなにあっさりと、しかも向こうから交換してくるなんて。


「あ、あの……私の名前は、一条……」


せめて自己紹介くらいは、清楚にしておこう。

そう思って口を開いた瞬間。


「知ってる」


大山田が私の言葉を遮った。


「えっ」


「一条茉莉子さんだろ? 社長の親族なんだっけ? 有名だぜ、特別監査室の『深窓の令嬢』ってな」


知られてた!?

私の偽りの悪名は、既に現場にまで轟いていたのか。


彼はニッと笑い、大きくゴツい手を差し出してきた。

泥と油で汚れているけれど、分厚くて頼もしそうな手だ。


「俺は大山田大樹。よろしくな、お嬢さん」


「……よ、よろしく……お願いします……」


私は恐る恐るその手を握った。


熱い。

火傷しそうなくらい、生命力の高い体温が伝わってくる。


握手を終え、私が手を引っ込めようとした時だった。


彼は握ったままの手を離さず、もう片方の手でスマホをいじりながら、サラッと言い放った。


「それとな、その服」


「へ?」


彼が私の純白のワンピースを指差す。


「あんま似合ってねぇよー」


ドスン。


本日二度目の衝撃。


「えっ……」


似合ってない?

明菜先生監修の、完璧な令嬢コーデなのに?


大山田は悪気なく、本当に思ったことをそのまま口にするように続けた。


「なんていうかさ、アンタ、なんか無理してる感じすんだよな。着せられてるっつーか」


「……!」


図星。

心臓を貫かれた気分だ。


「ま、あくまで俺の好みだけどさ。もっとこう……スポーティな服装の方が似合うと思うぜ? Tシャツにデニムとかさ」


彼は私の顔を覗き込む。


「喋り方も。さっきの『ひぃっ』てビビってた時の方が、人間っぽくて良かったぞ。今のよそよそしい喋り方より、俺はそっちの方が好きだ」


好き。


その単語に、心臓が跳ねる。


彼は私の素を肯定した。

「深窓の令嬢」の演技よりも、「素の私」の方がいいと言ったのだ。


「……」


何も言えなかった。

計算外だ。


この筋肉バカ、いや、野生児。

私の仮面を、本能だけで見抜きやがった。


「ま、俺はデスクワーク苦手だからさ! 監査とか難しいことはわかんねえけど、困ったら呼べよ! 力仕事なら任せろ!」


彼は私の手を離すと、ニカっと爽やかに笑った。

そして、背中を向けて手を振りながら、砂煙の中へと戻っていった。


広い背中。


私は呆然と、その後ろ姿を見送るしかなかった。




特別監査室へ戻った私は、ソファに死体のように倒れ込んだ。

どっと疲れが出た。


物理的な疲労だけじゃない。精神的にも振り回された。


自分の右手を見る。

彼と握手した手。


まだ熱い。

ゴツゴツした感触が、皮膚に残っている気がする。


「汗臭かったけど」


私は小さく呟いた。


「嫌な匂いじゃなかったかも。……あと、ちくわ美味しかった」


『あら、もう陥落? チョロいわね』


明菜が冷やかすように笑う。


「落ちてないし」


私はソファから起き上がり、首をポキリ、ポキリと鳴らした。


「あいつ、野生の勘が鋭すぎ……。女優モードが見抜かれるなんて計算外。バグ技使われた気分」


悔しい。

完璧に演じていたつもりだったのに、無理してると見抜かれた。


でも。


「スポーティで元気なのが好みって言ったよね? ……オーケー、把握した」


私はニヤリと笑った。


相手の好みがわかれば、こっちのものだ。


「深窓の令嬢」がダメなら、別のキャラにビルド変更すればいい。


「次に会うときは、もう少し『元気なキャラ』で会ってやるか……」


私は明菜に向かって指を鳴らした。


「明菜、次のスキンの準備よろしく。あいつ好みのスポーティなやつで!」


『自分で用意しなさいよ、全くこの子は手が焼くわね』


こうして、最初のリハビリ戦は、私の完敗と、新たな戦略の確立で幕を閉じた。


SSR図鑑の彼の項目を更新する。


大山田大樹 →【害のない大型犬(物理最強/直感S)】


……害がないどころか、私の心臓に一番悪い男かもしれない。




【明菜先生の研究メモ】


被験者データ No.002

・氏名:九条茉莉子(ハンドルネーム:一条茉莉子)

・職業:変幻自在のカメレオン女優(修行中)


現在のステータス

・魅力:B+(ちくわを咥える姿が意外と可愛かったため加点)

・メンタル:C(ショック療法により、逆に安定してきた)


新規獲得アイテム

・【大山田の連絡先】:いつでも召喚可能な「筋肉の壁」。

・【ちくわの味】:恐怖を和らげる魔法の味。



【明菜の分析ログ】


お疲れ様、茉莉子。

まさか「素のアンタ」の方がウケるとはね。


「事実は小説より奇なり」って言うけど、恋愛市場において「ギャップ」は最強の武器よ。


お嬢様が見せる隙、あるいは庶民的な一面。

大山田はそこに「人間味」を感じて惹かれたのかもね。


さぁ、次はいよいよ頭脳戦よ。

筋肉の次は……「サメ」といきましょうか?

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