第四十一記録【九条家の誓い】
「すごかったね茉莉子ちゃん! まるでプロみたい……!」
人狼ゲーム終了後。
コテージの外に出ると、興奮冷めやらぬアカネちゃんが、キラキラした瞳で詰め寄ってきた。
「あの演技、鳥肌立っちゃった。……ねぇ、この後二人で反省会しない?」
「あ、うん……」
やばい、語り合おうとする空気だ。
今の私は精神力が枯渇している。
これ以上、女子会トークを展開する余力はない。
「い、痛い! 急に猛烈な腹痛がぁぁぁぁ!」
私は腹を押さえ、大根役者ばりの演技でうずくまった。
「えっ、大丈夫!?」
「ごめんアカネちゃん、私トイレ……いや部屋に戻る! 先寝てて!」
心配するアカネちゃんを振り切り、私はスタコラサッサと闇夜へ逃走した。
ホテル最上階、私のスイートルーム。
即行でシャワーを浴び、ジャージに着替える。
冷蔵庫からコーラを取り出し、キングサイズのベッドへダイブした。
「ふぃ〜……生き返る……」
やっぱり一人が最高。
ゲームなんて起動する気力もない。
ただ天井のシミを数えていたい。
ブブブブブッ!!!
枕元のスマホが、爆発したかのように震え出した。
「うわっ」
画面を見ると、通知欄が地獄のようなことになっている。
恭弥:『人狼の君へ。さっきの論理矛盾について議論したい。部屋に来ないか?』
レオ:『おめでとう、共犯者さん。祝杯を挙げよう。バルコニーで待ってる』
大樹:『騙されたー! でも茉莉子ちゃんなら許す! 星見に行こうぜ!』
凪:『悔しいなぁ。……お仕置きさせてくれませんか? 今からそっち行きます』
ユンジン:『勝ち逃げか? ……マッサージしてやるから顔貸せ。あと夜食もある』
「どっひゃー……」
私はスマホを放り投げた。
「えぇぇ……今からー? 無理無理、HPゼロ。閉店ガラガラ」
隣に寝転んだ明菜が、空中から五枚のカードを取り出した。
それぞれの男を示すアルカナが、扇状に並ぶ。
『あら、モテ期到来じゃない。選び放題よ? 行きなさいな』
「行かない。これ以上イベント発生したらバグる」
ポロン♪
その時、間の抜けた通知音が鳴った。
また誰か来た。どうせ追い打ちでしょ。
パパ:『まりちゃ〜ん♡ パパのお部屋から見える夜の海は綺麗だよ〜♡ 一緒にジャグジーでも入りながらお話しでもしないかい?』
「うわ……」
私は顔をしかめた。
バスローブ姿のパパとか、想像しただけで胃もたれする。
普段なら既読スルー案件だ。
ふと明菜に目線をやると、彼女はもう一枚、別のカードを出していた。
【THE EMPEROR(皇帝)】。
玉座に座る威厳ある皇帝。
けれどその絵柄は、どこか寂しげで、孤独に見えた。
無慈悲な権力者でありながら、愛に飢えた姿。
『パパと過ごすか、メンズと過ごすか……どうするのかしら?』
「はぁ……仕方ない」
私は重い腰を上げた。
なぜか今日は、あのタヌキ親父と話したい気分だった。
人狼ゲームで嘘をつきすぎた反動かもしれない。
パパがいるプレジデンシャルスイートに到着。
重厚な扉を開けると、そこには完璧な姿勢で立つ直之がいた。
「お待ちしておりました、お嬢様……こちらに」
彼がうやうやしく手を差し伸べる。
案内されたのは、海を一望できる広大なテラス。
そこには巨大なジャグジーがあり、湯気が立ち上っていた。
そして――。
「まりちゃ〜ん♡ 待ってたよぉ〜!」
純白のバスローブに身を包み、片手にシャンパングラスを持ったタヌキ……いや、父・九条壮一郎が手を振っていた。
「……バスローブとかやめてよ。気持ち悪い」
「なんでだーよ、いいじゃないかー。ダンディだろぉ?」
パパは足だけジャグジーに浸かり、ご満悦な様子だ。
私はため息をつきつつ、ジャージの裾をまくって、隣に腰掛けた。
温かいお湯が足先を包む。
直之がスッと近寄り、シャンパンを渡してくれた。
「乾杯」
カチン。
グラスが触れ合う音が、波音に溶けていく。
「で、どうだい? 婿候補たちは。まりちゃんの目に狂いはなかっただろう?」
「うん、まあね。みんな個性的すぎて胃もたれするけど」
私は最近の「仕事(という名のドタバタ劇)」について話した。
現場での事故、ロボット操縦、パーティーでのダンス。
端から見れば仕事とは言えない内容ばかりだが、パパは「うんうん、すごいねぇ」と、目を細めて満足そうに聞いている。
「まりちゃんはホントによく頑張ってるよ。偉いねぇ」
パパが私の頭を撫でようとして、手が濡れていることに気づき、引っ込めた。
「私が頑張ってるなら、世の中の人間全員ノーベル賞取れるじゃん」
「他人なんて関係ない。パパは、まりちゃんが生きて、笑ってくれているだけで幸せなんだよ」
その言葉は温かい。
でも、どこか重い。
蜂蜜に沈められているような、甘くて息苦しい感覚。
『マリア・モンテッソーリは言ったわ』
チャプン、と水音がした。
見ると、ジャグジーの中に紫のマイクロビキニを着た明菜が浸かっている。
彼女はシャンパンを煽りながら、夜空を見上げて呟いた。
『「子供を助けすぎることは、その子の成長を妨げることだ」……愛という名の鎖ね』
パパが急に真面目な顔になった。
いつものふざけた表情が消え、寂しげな色が浮かぶ。
「もし、もうお婿さん探しが辛いなら、やめてもいいんだよ?」
「え? それどういう意味?」
「パパが会社を売って、資産整理すれば……まりちゃんは一生苦労しないようにできる。だから、無理してあんな男たちと戦わなくていいんだ」
パパの目に涙が溜まる。
あぁ、またこれだ。
昔からそうだった。
ピアノも、バレエも、勉強も。「まりちゃんが辛そうだから」と、私が挫折する前にパパが辞めさせてくれた。
「もう頑張らなくていいよ」「いっぱいいっぱい頑張ったもんね」。
それは優しさだけど、同時に「茉莉子には無理かも」という宣告でもあった。
あの日――母と弟が死に、その数年後に兄が事故でいなくなったあの日から、パパの時間は止まっている。
もう誰も失いたくないから。傷つかせたくないから。
だから私を、安全な鳥籠に閉じ込めようとする。
私も成長できてないけど、パパも成長できてないんだ。
でも、今回は違う。
私はシャンパングラスを置いた。
逃げたら、私は一生「パパの鳥籠の中のお人形」だ。
そんなの、私の美学に反する。
「やだ」
「えっ?」
「やめない! 続ける! 来年のパパの誕生日までに、最強の婿を連れてくるのが約束でしょ!?」
私はバシャリと立ち上がった。
足元から水滴が滴る。
夜空に浮かぶ満月を、ビシッと指差した。
「今回ばかりは諦めない! やり遂げる!」
パパが驚いたように私を見上げる。
「やり遂げて……私は!!」
大きく息を吸い込む。
「九条グローバルの金で、一生遊んで暮らすのだぁぁぁぁ!!!」
壮大なBGM(脳内)と共に、クズすぎる野望を叫んだ。
そう、私が欲しいのは自由だ。
最強の男を侍らせ、何不自由ないニート生活を送るための戦いなのだ。
その姿に、パパが震え出した。
「まりちゃん……ッ!」
「パ、パパ?」
「そんなに立派な志を持っていたなんて……パパ、感動したぁぁぁ!!」
「え、立派?」
「お嬢様……ッ! ご立派になられて……ッ!」
後ろで直之も号泣し、ハンカチを雑巾のように絞っている。
なぜか感動されている。まあいいか。
私は直之を手招きし、バスローブのパパと、黒スーツの直之、二人まとめて抱きしめた。
「私は九条茉莉子。ニート暮らしを手に入れるためなら、どんな事だってやってのけて見せるから」
二人の広い背中を、ポンポンと叩く。
「だから、二人はしっかり私をサポートしてよね。……パパ、直之」
顔を上げ、ニッカリと屈託のない笑顔を見せた。
一条茉莉子ではない。九条茉莉子としての、本音の笑顔だ。
「もちろんだとも!!」
パパが鼻水をすする。
「よーし、そうと決まれば今日は朝まで飲み明かすぞー!」
ポンッ! シュワワワ!
パパが新しいシャンパンを開け、F1の表彰台のように振り回した。
「やるかぁ!受けて立つ! 直之、シャンパン持ってきて!」
「ただいま!!」
直之が音速で動き出す。
泡まみれのジャグジーの中で、明菜が呆れつつも、どこか満足そうに笑っていた。
彼女の前には3枚のカードが浮かんでいる。
【THE EMPEROR(皇帝・父)】
【THE HIEROPHANT(法王・直之)】
【THE FOOL(愚者・茉莉子)】
『愚者は崖っぷちを恐れずに歩き出す……か。ま、せいぜい足掻きなさいな』
明菜はグラスを掲げた。
『変な家族に、乾杯』
瀬戸内海の夜明けは、まだ遠い。
私たちの夜は、これからだ。
【明菜先生の研究メモ】
被験者データ No.002
・氏名:九条茉莉子
・状態:覚醒(ただし動機は不純)
現在のステータス
・野望:SS(ニート覇王色の覇気)
・親子愛:プライスレス
新規獲得アイテム
・【パパの全面バックアップ】:無限の資金源と権力。最強のバフ効果あり。
・【直之の忠誠心】:限界突破。もはや信仰の域。
【明菜の分析ログ】
「愚者」のカードは、崖っぷちを恐れず、自由な心で旅に出る若者を描いているわ。
普通の人間は、地位や名誉、愛のために戦うけれど……。
「一生遊んで暮らすため」にここまで必死になれるのは、ある意味才能ね。
不純な動機こそが、人を最も強く、高く飛ばせるのかもしれないわ。
さぁ、行けるところまでお行きなさい。
アンタの旅路(ニートへの道)を、最前列で見届けてあげるから♡




