表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
令嬢ゲーマー、婿活はじめます  作者: ベルガ・モルザ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/37

第四記録【私は嘘つきな女優になる】




 

四月一日、夜。


九条家のダイニングルームは、今日も無駄に広かった。

二十人が余裕で座れる長テーブル。

天井からはクリスタルガラスのシャンデリアが垂れ下がり、私の貧弱なメンタルを上から押し潰すように輝いている。


そのテーブルの端と端。

遥か彼方の対面に座っているのは、この屋敷の主にして私の生殺与奪の権を握る魔王――父、九条壮一郎だ。


私は指先で、タブレットの画面をスワイプした。

画面に映し出されているのは、昼間の地獄のような社内徘徊で作成した「SSRモンスターリスト」。

選りすぐりの五人の男たちの顔写真と、明菜の独断と偏見に満ちたステータスデータだ。


「パパ、これ。約束通り、リストアップしてきたから」


使用人がうやうやしくタブレットを父の元へ運ぶ。

父はナプキンで口元を拭うと、老眼鏡をかけて画面を覗き込んだ。


ゴクリ。

喉が鳴る。

心拍数BPM140。


ここで「こんな男たちじゃダメだ!」と却下されたら、私の課金資金は即座に断たれる。


「ほぉ……」


父が感心したような声を上げた。

食い入るように画面を見つめ、ニッコリと顔を崩す。


「いい目をしているねぇ、まりちゃん! 剣崎くんに、大山田くん……それにこのユンジンくんまで! いやぁ、素晴らしいラインナップだよぉ♡」


父は嬉しそうに手を叩いた。


「やっぱりママの子だねぇ。男を見る目だけは『超一流』だよ! パパの若い頃よりセンスあるんじゃない?」


私は胸を撫で下ろした。

椅子の背もたれに深く体重を預ける。


「……でしょ? 結構頑張ってリサーチしたんだから。死ぬ思いで」


よし、第一次審査はクリアだ。

これで「よく頑張ったね、じゃあ来年までゆっくり選びなさい」という猶予期間がもらえるはず。


そうしたら、この一年はのらりくらりと躱しつつ、適当に理由をつけて引き延ばせばいい。


「だからもう、勘弁してよね。いきなり結婚なんて――」


「うんうん、そうだねぇ」


父はニコニコしながら、最高級のフィレステーキを一口大に切り分けた。

肉汁が滲み出るレアな赤身を、フォークで突き刺す。


「じゃあ、この中から恋愛してみようか」


「……は?」


思考がフリーズした。

今、このタヌキおやじ、なんて言った?


父はステーキを頬張り、至福の表情で咀嚼する。


「ん〜♡ 美味しい! あ、そうそう。一人選ぶんじゃなくてね、五人同時進行でいいよ〜。いきなり一人に絞るなんてつまんないし、リスクヘッジも大事だもんね♡」


カラン。

私の手からフォークが滑り落ち、皿の上で乾いた音を立てた。


「五人同時……?」


意味がわからない。

日本語の構文としてバグってる。


恋愛って、一人とやるものじゃないの?

五人同時って何? 乙女ゲーの主人公でもそんな無茶なフラグ管理しないよ!?


「無理無理無理! 何言ってんのパパ! 私はただの引きこもりだよ!? ギャルゲーの主人公じゃないんだから! リアルでそんなマルチタスクこなせるわけないじゃん!」


私は立ち上がって抗議した。

無理ゲーにも程がある。

難易度設定が狂気を超えてる。


けれど、父は動じない。

赤ワインのグラスを優雅に回しながら、小首を傾げる。


「できるよぉ」


「できないってば!」


「できるさ。だってまりちゃん、昔は『女優さんになりたい』って言ってたじゃないか」


ドクン。

心臓が嫌な音を立てた。


父は懐かしそうに目を細め、天井のシャンデリアを見上げた。


「パパ覚えてるよぉ。小学校の学芸会。まりちゃんの木の役! あれは最高だったなぁ。あの微動だにしない直立不動の演技、アカデミー賞モノだったよぉ! あの時のまりちゃんなら、五人の男を演じ分けるなんてお茶の子さいさいだよ♡」


古傷。

私の心の奥底に封印していた、一番触れられたくないフォルダが、強制的に開かれる。


「そ、それは……昔の話で……関係ないし……」


声が震える。

反論したいのに、言葉が出てこない。


父が、グラスを置いた。

そして、テーブル越しに私を見つめる。


その瞳から、経営者としての「冷徹さ」が消えていた。

代わりにそこに宿っていたのは――


雨の日に段ボール箱に捨てられた、小熊のような瞳。

潤んでいて、寂しそうで、世界の終わりみたいに悲しげな目。


「……まさか、パパの頼み、聞けないなんて言わないよね?」


父の声が、甘く、切なく、私の罪悪感パラメーターを直接刺激する。


「パパねぇ、もしまりちゃんの花嫁姿が見られないなら……悲しくて、寂しくて、死んじゃうかも……」


うっ。

出た。パパの必殺技・情緒不安定な甘えん坊攻撃。


母が死んでから、男手一つで私を甘やかして育ててくれた父。

その父に、こんな目で「死んじゃうかも」なんて言われたら。


私は唇を噛み締めた。

断れるわけがない。


ここで「NO」を選択したら、私は一生、父を悲しませた娘として生きることになる。


「……わかった」


絞り出すような声。


「わかったから……やるよ……やればいいんでしょ……」


父の表情が、パァッと明るくなる。

一瞬で小熊からタヌキに戻った。


「やったぁ! さすがまりちゃん! パパ、期待してるよぉ〜♡ じゃあ、早速明日から頑張ってね!」


騙された。

完全に嵌められた。

このタヌキ、最初から私の情を利用する計算だったんだ。




夕食後、私はゾンビのような足取りで、二階にある自分の部屋へと戻った。

重厚な扉を開ける。


そこは、いつもの薄暗い「聖域」だ。


ペルシャ絨毯の上に散らかったスナック菓子の袋。

アンティーク家具を侵食するゲーミングPCの光。


会社の特別監査室はこれと同じだけど、やっぱり実家のこの空間が一番落ち着く。


「……はぁ」


私はトリプルモニターの前に置かれた、愛用のゲーミングチェアに沈み込んだ。

もう何もしたくない。

ログインボーナスを受け取る気力すらない。


『お帰り、悲劇のヒロインさん』


不意に、頭上から声が降ってきた。


見上げると、デスクの上に我が物顔で座っている紫のスーツの女。

明菜だ。


彼女の手には、どこから出したのか、古めかしい「映画監督のメガホン」と、カチンコが握られている。


カチンッ!

目の前でカチンコが良い音を立てた。


『へぇ〜、アンタ女優志望だったんだ? 意外なスキルツリー持ってるじゃない。隠しスキル? もしかして転生ボーナス?』


明菜がニヤニヤと笑いながら、私の顔を覗き込む。


私は顔を背け、膝を抱えた。

体育座りで小さくなる。今の私には、この姿勢が一番落ち着く防御態勢だ。


「……もう嫌だ。やりたくない。絶対無理」


『あらそう。やらなくてもいいけど』


明菜はあっさりと答える。

しかし、その続きは氷のように冷たかった。


『パパのクエスト、無視したらどうなるか分かってるわよね? クレカ停止、回線切断、そしてこのハイスペックPCも没収。アンタの趣味も、生きがいも、ここで全部ゲームオーバーよ?』


「……ッ!」


『それとも何? 路上で段ボール生活しながら、スマホでポチポチ無課金プレイでもする気?』


痛いところを突いてくる。

今の私から「金」と「ゲーム」を奪ったら、ただの無能な肉塊しか残らない。


「だって……! そんなこと言われたって……私は……」


言葉が詰まる。

視界が滲む。




女優。演技。

その単語を聞くだけで、脳裏に蘇る光景がある。


忘れたくても忘れられない、私の人生のバッドエンドルート。


――あれは、中学二年生の時だった。


私が入っていた演劇部には、一つ上の先輩がいた。

部長を務める彼は、背が高くて、声が良くて、演技に対する情熱を持った人だった。


今の私が見れば「ただのカッコつけ」と一蹴したかもしれないけれど、当時のウブな私にとっては、まさに王子様だった。


彼に近づきたかった。

彼に認められたかった。

彼と同じ舞台に立ちたかった。


だから私は、死に物狂いで練習した。


秋の文化祭。ヒロイン役のオーディション。

台本は擦り切れるほど読んだ。鏡の前で何百回も表情を作った。


泣く演技も、笑う演技も、完璧に仕上げたつもりだった。


そして迎えたオーディション当日。

私は全力を出し切った。


涙を流して、愛を叫んで、舞台の上で崩れ落ちるラストシーンまで演じきった。


「……はい、そこまで」


部長の声が響いた。


私は息を切らしながら顔を上げ、期待に満ちた目で彼を見た。

褒めてくれると思った。

上手くなったな、と頭を撫でてくれると信じていた。


でも。


パイプ椅子に座った部長は、冷え冷えとした目で私を見下ろしていた。

軽蔑でも、怒りでもない。


もっと残酷な、無関心と違和感が混ざったような目。


「なぁ、九条」


彼が口を開く。


「お前さ、演技が嘘くさいんだよ」


ドサッ。

心の中で、何かが落ちる音がした。


「感情が見えないっていうか……綺麗なんだけどさ、中身がない人形みたいで気味が悪いんだわ。見てて不安になる」


彼はため息をつき、台本を机に放り投げた。


「才能ないから、辞めれば?」


――その一瞬で、現実リアルの私は死んだ。


一生懸命に作った感情を、嘘くさいと言われた。

必死に叫んだ愛を、気味が悪いと吐き捨てられた。


人形。

中身がない。


だったら、もういい。

誰も私を見ないで。本当の私なんて見ないで。


感情なんて出さない。期待なんてしない。


そうして私は、現実から逃げ出した。

モニターの向こうにある電子の海へ。

完璧なアバターを被り、二度と傷つかない世界へと引きこもったのだ。


---


「……私には、無理なの。才能ないの」


回想から戻った私は、膝に顔を埋めて呟いた。


「演じたって、どうせバレる。嘘くさいって言われる。あんなエリートたち、私の中身が空っぽなことなんて、一瞬で見抜くに決まってる……」


ポカッ。


硬い感触が、私の頭を叩いた。

痛っ。


顔を上げると、明菜がメガホンを振り上げていた。


『……アンタねぇ』


彼女は呆れたように溜息をつき、もう一度私の頭をメガホンで軽く小突いた。


『たかが中学生のガキ一人の言葉を、世界の真理みたいに信じ込んでんじゃないわよ。その先輩? どうせ今頃、ハゲて腹出た冴えないオッサンになってるわよ』


メガホンを口に当てる。


『チャップリンは言ったわ。「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」ってね』


彼女の声が、朗々と部屋に響く。


『アンタの演技が嘘くさい? 人形みたい? ……はっ、上・等・じゃない!』


「え……?」


『いいこと、茉莉子。よく聞きなさい』


明菜が屈み込み、私の顔を覗き込む。

その瞳は、いつになく真剣で、熱を帯びていた。


『この現実なんてね、全員が猫かぶった「嘘つきたちの仮面舞踏会」なのよ』


彼女は窓の外、黒くそびえるオフィスの風景を指差した。


『パパも、あのイケメンたちも、みんな何かしら演じてる。「理想の上司」「出来る男」「優しい王子様」……みんな仮面を被って、必死に自分を演出してるの』


明菜がニヤリと笑う。

それは、悪魔のように魅力的で、頼もしい笑みだった。


『だったら、アンタが一番上手い嘘をつきなさい。「人形」でいいのよ。最高に美しい人形で、感情なんて見せない仮面で、あいつらを騙しきってやりなさい! 嘘も突き通せば真実になる。それがアンタの生き残る道よ!』


騙しきる。

嘘をつく。


その言葉が、不思議とすんなり私の胸に落ちた。


「本当の自分」を理解してもらおうとするから傷つくんだ。

最初から演技だと割り切ればいい。


一条茉莉子というキャラクターをプレイすると思えばいい。


それなら……私にもできるかもしれない。

だって私は、ネトゲ界では伝説のギルマスなんだから。


私はゆっくりと顔を上げた。

涙を拭う


「わかった」


声に力が戻る。


「騙せばいいんだね。」


『よし♡、いい顔になってきたじゃない』


明菜がパチンと指を鳴らした。


『じゃあ、早速作戦会議よ。リハビリ初戦の相手だけど……』


彼女が空中に手をかざすと、五枚のタロットカードが現れた。

その中の一枚を、私の前へ弾き飛ばす。


ヒュンッ!


カードが回転しながら、キーボードの上に突き刺さった。

描かれているのは、棍棒を持った勇ましい王の姿。


【KING of WANDS(棒の王)】


そのカードの意味する人物は――。


「えっ……」


私は写真リストの「彼」を見た。

作業着姿で、重機用の鉄骨を担いでいた筋肉ダルマ。


「あの大山田ゴリラ? 建設部の? 無理無理無理! 握手しただけで物理ダメージ入るって! 私のHPじゃワンパンで即死だよ!」


『逆よ。バカねぇ』


明菜がやれやれと肩をすくめる。

メガホンでカードを指し示す。


『他の男を見てみなさい。剣崎やユンジンみたいな「インテリ系」は、アンタの挙動不審をコンマ一秒で見抜くわよ。レオみたいな「王子様」はハードルが高すぎる。凪……アレは別枠の天然災害だから今は放置』


確かに。

あの目つきの悪い開発部長や、冷徹なコンサルタントの前で演技できる自信はない。

凪に至っては、近づくだけで心臓発作を起こしかけた。


『その点、この筋肉バカ……失礼、肉体派(大山田)は裏表がないの』


明菜は断言する。


『彼は見たまんまの男よ。言葉の裏を読む必要がないし、細かい嘘も気にしない。コミュ障で挙動不審なアンタでも、難易度NORMALでいけるわ。まずは彼と「会話のドッジボール」……いえ、キャッチボールから始めましょ』


会話のドッジボール……。

ボールごと吹っ飛ばされそうな気もするけど、言われてみれば一理ある。


あの豪快な笑顔。

「ガハハ!」と笑って、私の失敗も流してくれそうな気配はあった。


裏表がない。

今の私にとって、それは一番ありがたい属性かもしれない。


私は写真をじっと見つめた。

茶色の髪に、琥珀色の瞳。

暑苦しいけど、嘘のなさそうな顔。


「……わかった。やってみる」


私は腹を括った。

やるしかない。明日の資金と、パパの笑顔と、私のプライドを守るために。


「行ってくる。一番防御力の高そうな装備で挑む」


私は立ち上がり、明菜の方を向いた。

そして、これまでで一番真剣な眼差しで、彼女に告げた。


「明菜。明日、朝一からメイク教えてよね」


私は自分の頬をパチンと叩く。


「一番、化けられるやつ。誰が見ても『深窓の令嬢』って信じ込むような、完璧な仮面メイクをお願い」


明菜は目を丸くし、それから満足げに口角を吊り上げた。

手の中のメガホンが消え、代わりにプロ仕様のメイクブラシセットが現れる。


『任せなさい。世界一のペテン師に仕立て上げてあげるわ』


こうして、私の「女優復帰戦」が決まった。

ターゲットは、パワー系SSR・大山田大樹。


待ってろゴリラ。

アンタを最初の生贄(攻略対象)にしてやるから。




【明菜先生の研究メモ】


被験者データ No.002

・氏名:九条茉莉子(ハンドルネーム:一条茉莉子)

・職業:特別監査室 室長兼、復帰したての大根役者


現在のステータス

・魅力:B(覚悟を決めて目力アップ)

・メンタル:D(父の小熊攻撃により摩耗するも、底打ちして反発)


新規獲得スキル(アクティブ)

・【女優魂(再点火)】:「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇」と唱えることで、恥を捨てて演技モードに入れる。ただし持続時間は短い。




【明菜の分析ログ】


ようやく腹を括ったわね。

人間、一番強いのは「守るものがある時」じゃないわ。「失うものがない時」よ。


今のアンタは、プライドも恥もかなぐり捨てた無敵のチャレンジャー。


さぁ、幕開けよ。

最初のステージは「資材置き場」。


ドレスコードは作業着……じゃなくて、あえての「白ワンピース」でいきましょ。

コントラストこそが、男の視線を釘付けにする最強のスパイスなんだから♡

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ