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令嬢ゲーマー、婿活はじめます  作者: ベルガ・モルザ


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第二十九記録【レセプションパーティー】




 四月十八日、木曜日。午後三時ぐらい。


 特別監査室の豪奢なデスクに、一通の封筒が置かれていた。

 社内便で届いたとは思えない、厚みのある高級和紙の封筒。


 裏面には、赤い封蝋で、九条グローバルの紋章が押されている。


「なにこれ。果たし状?」


 私が恐る恐るペーパーナイフで開封すると、中から出てきたのは、金箔で縁取られた招待状と、一枚のメモだった。


 『Spring Gala Reception』

 『日時:四月十八日 十八時開宴』

『場所:ホテル・グラン・アーク東京「鳳凰の間」』


 そして、流れるような達筆で書かれたメモ。


 『18:00にロビーで。ドレスコードは“ブラックタイ”。遅刻厳禁。 桐生レオ』


 「はぁぁぁぁ!?」


 私はメモを握りつぶしそうになった。


 「なにこれ! 仕事体験じゃないじゃん! ただの同伴じゃん! しかも今日!? 急すぎるでしょ!」


 『あら、素敵じゃない』


 天井から逆さまにぶら下がっていた明菜が、くるりと回転して着地した。

 興味津々で招待状を覗き込む。


 『大手クライアント主催の春の祭典ね。社交界デビューよ、茉莉子』


 「デビューしたくない! 家でポテチ食べながらランクマ回したい!」


 『拒否権なんてあると思ってるの? 相手はあの王子よ?』


 明菜が意地悪く笑う。


 そうだった。私は先週、彼にオモチャ認定されたんだった。

 これはデートのお誘いなんかじゃない。所有物を呼び出す召喚状だ。


 「くそぉ……わかった……行ってやるわよ。高い飯食って、高い酒飲んで、経費で落としてやる!」


 私はやけくそで立ち上がった。

 まずはドレスを調達しなくてはならない。


 


 一時間後。南青山の高級レンタルドレスショップ。


 店内には、色とりどりのドレスが魔法のように並んでいた。

 しかし、私の気分は重い。


 『ほらほら茉莉子! これなんてどう!? ショッキングピンクの総スパンコール! 歩くミラーボールよ!』


 明菜が目に痛いドレスを持ってきて、私の体に当てがう。


 却下。目立ちすぎて狙撃される。


 『じゃあこっちは? 胸元がへそまで開いたセクシードレス! マリー・アントワネットも裸足で逃げ出す露出度!』


 却下。風邪引くし、ポロリする未来しか見えない。


 私は首を横に振った。


 いつもの明菜プロデュースなら、言われるがままに着るけれど。

 今日は違う。


 今回の相手はレオさん。あいつは私の『嘘』を見抜いてる。

 半端な武装じゃ、全部見透かされる気がする。


 私は真剣な顔でドレスの森を見渡した。


 私が選びたい。私の意志で。


 『へぇ……』


 明菜が面白そうに目を細めた。

 彼女は虚空からタロットカードを取り出し、シャカシャカと切り始めた。


 『いいわ。じゃあ、少しだけヒントをあげる。今の茉莉子に必要な要素よ』


 シュッ、シュッ、シュッ。


 三枚のカードが、ドレスのラックの上に並べられた。


 一枚目。【THE MOON(月)】。


 『「幻影」「欺瞞」、そして「夜の世界」。今のアンタは月夜の晩に現れる怪盗みたいなもんね』


 「誰が怪盗だよ。不二子ちゃん狙い?」


 『アンタの場合は警部から逃げる泥棒猫の方じゃない?』


 


 二枚目。【THE MAGICIAN(魔術師)】。


『「手品」「演技力」。観客を魅了するショータイムよ。タネも仕掛けもございません……なんてね』


 「私がボケて、実は鳩が出まーす! ってやるの?」


 『アンタがやると、鳩じゃなくて焼き鳥が出てきそうね』


 「なんでよ! 生きてる鳩ぐらい出せるわ!」


 


 三枚目。【QUEEN of SWORDS(剣の女王)】。


 『「知性」「自立」。媚びない美しさ。……要は、「男なんていらなーい」っていう強い女』


 「あー……。それ、一番縁遠いかも」


 『ほんとねぇ』


 二人して深くため息をついた。


 『ま、解釈としてはこうよ。「嘘を魔法のように操り、凛とした知性で武装せよ」』


 なるほどね……


 私はその言葉を反芻しながら、ラックを歩いた。


 可愛らしさはいらない。

 派手さもいらない。


 必要なのは、レオさんの隣に立っても飲み込まれない「夜」の深さ。


 私の手が、一着のドレスで止まった。


 「これだ」


 それは、深い深い、ミッドナイトブルーのドレスだった。


 装飾は極限まで削ぎ落とされた、シンプルなマーメイドライン。

 生地の上質さだけで勝負するような一着。


 前からの露出は控えめだが、背中が大胆に開いているバックシャンなデザイン。


 「この青……。夜の色であり、レオさんの瞳の奥にある闇にも似てる」


 私はドレスを手に取り、鏡の前で合わせた。

 肌の白さが際立ち、冷ややかな美しさを演出してくれる。


 『へぇ〜』


 明菜が口笛を吹いた。


 『とってもいいじゃな〜い。これで決まったわね♡ んじゃ、行ってらっしゃい嘘つきシンデレラ』


 


 十八時。

 ホテル・グラン・アーク東京。「鳳凰の間」。


 巨大なシャンデリアが煌めき、生演奏の弦楽四重奏が響き渡る。

 着飾った紳士淑女が集う、現代の舞踏会。


 そのロビーの柱の影に、彼はいた。


 桐生レオ。


 漆黒のタキシードを完璧に着こなし、黄金の髪をライトに反射させている。

 ただ立っているだけなのに、彼だけスポットライトが当たっているかのような存在感。


 会場を行き交う女性たちの視線が、彼に釘付けになっている。


 悔しいけど、顔がいい。


 私は深呼吸をして、彼の前へと歩み出た。


「お待たせ」


 レオさんが顔を上げる。

 ヘーゼル色の瞳が、私を捉える。


 一瞬。

 本当に一瞬だけ、彼が目を見開いた。


 驚き? 見惚れた?


 そう思いたいけれど、彼はすぐに完璧な「王子様スマイル」を顔に貼り付けた。


 「やぁ。時間通りだね」


 彼は私の手を取り、くるりと回るように促した。

 ミッドナイトブルーの裾が翻る。


 「うん、悪くないね。シックで、品がある」


 彼は満足げに頷き、私の腰に手を回した。


 「これなら、僕の隣に置いても恥ずかしくないよ」


 「……っ」


 むっかー!!


 なにその上から目線!

 置いても恥ずかしくない?


 私はアンタの装飾品か! バッグか時計と一緒か!


 内心でプンプンと怒りながらも、私は顔には出さない。


 だめだめ。今日のテーマは剣の女王なんだから。

 感情的になったら負けだ。


 「光栄ですわ、レオさん」


 皮肉たっぷりに微笑んでみせると、彼は「いい子だ」と目を細めた。


 


 会場に入ると、そこは別世界だった。


 グラスが触れ合う音、上品な笑い声、高そうな香水の香り。


 「おや、桐生くんじゃないか!」


 すぐに、恰幅のいい男性――取引先の重役らしき人物が話しかけてきた。


 「ご無沙汰しております、常務。本日はお招きいただき光栄です」


 レオさんの対応は完璧だった。

 スマートな挨拶、的確な話題選び。


 そして、男性の視線が私に向く。


 「おや、そちらの美しいお嬢さんは?」


 来た。


 私は緊張で息を止める。


 「部下です」と言うのか、それとも……。


 レオさんは私の腰を引き寄せ、優雅に紹介した。


 「彼女は、僕の大切なパートナーの、一条茉莉子さんです」


 パートナー。

 仕事の相棒とも、プライベートな恋人とも取れる、曖昧で便利な言葉。


 「はじめまして。一条茉莉子です」


 私はスッと背筋を伸ばし、完璧な角度でお辞儀をした。


 【女優魂】、全開。

 口角を3ミリ上げ、目は優しく、でも媚びずに相手を見据える。


「ほぉ! これはまた聡明そうな! 桐生くん、君にはもったいないくらいだねぇ!」


 「ええ、本当に。僕には過ぎたパートナーですよ」


 レオさんが謙遜してみせる。


 周囲からも、「お似合いのカップルね」「美男美女だわ」という囁き声が聞こえる。


 羨望と、嫉妬の視線。


 完璧だ。


 私たちは今、この会場で一番美しい「嘘」を演じている。


 


 その最中。


 レオさんがウェイターからシャンパングラスを受け取り、私に手渡すふりをして、顔を近づけてきた。


 キスをするような距離。


 でも、その唇から紡がれたのは、甘い愛の言葉なんかじゃなかった。


 「上手だね」


 冷気を含んだ声が、鼓膜を震わせる。


「その調子で、ちゃんと演技してね。……僕の可愛いお人形さん」


 背筋が凍る……なんてことはない。


 逆に、私の奥底にある負けん気に火がついた。


 お人形、ね……


 上等じゃない。


 あんたがそのつもりなら、こっちだってとことん付き合ってやるわ。


 ただし、ただの操り人形だと思わないことね。


 私はグラスを受け取りながら、彼を見上げてニッコリと微笑んだ。


 「ええ。最高のショーにしましょうね、ご主人様?」


 


 しばらくして、会場の照明が少し落とされた。

 生演奏が、優雅なワルツへと変わる。


 ダンスタイムだ。


 「踊ろうか、茉莉子ちゃん」


 レオさんが恭しく手を差し出す。


 断る理由はない。


 「喜んで」


 私は彼の手を取り、フロアの中央へと進み出た。


 彼の手が私の腰に回る。

 私の手は、彼の肩へ。


 一歩、二歩。

 ステップを踏み出す。


 


 うまい。


 悔しいけれど、完璧なリードだ。

 まるで体が軽くなったように、自然と足が動く。


 でも。


 「もっと力抜いて。僕に身を委ねて?」


 彼が耳元で囁くと同時に、ステップの難易度が上がった。


 リズムを崩すような、意地悪なフェイント。

 急なターン。


 試されている。


 私がボロを出すのを。

 無様に転んで、彼にしがみつくのを期待している。


 彼の瞳が、至近距離で私の動揺を探っている。


「ほら、失敗しろよ」と笑っている。


 


 ええい! こうなったらあれを発動だーい。


 ピロン♪


 【スキル・選択肢シミュレート発動!】


 私の視界に、半透明のウィンドウが表示された。

 スローモーションになる世界の中で、三つの選択肢が浮かび上がる。


 【レオさんが試すような高難度ターンを仕掛けてきた! どうする?】


 ▶ A:足を踏んで抵抗する

  (成功率:10% / 彼のS心を刺激するが、公衆の面前で恥をかかせるリスク大。後で何をされるかわからない)


 ▶ B:ぎこちなく謝りながらついていく

  (成功率:50% / 「やっぱりただのドジな女か」と退屈なオモチャ認定され、興味を失われる)


▶ C:挑発的な視線を返して、完璧についていく

  (成功率:20% / 難易度S。でも成功すれば……彼は私を認める)


 Cしかないでしょ!


 私は迷わず、一番困難な道を選んだ。


 私の正体は、引きこもりの廃ゲーマーだ。

 でも、腐っても「九条家」の娘。


 幼少期、嫌というほど叩き込まれたピアノ、茶道、そして――クラシックバレエ。


 体は覚えている。

 あの地獄のレッスンの日々を。


 舐めんなよぉぉ!


 私は背筋を伸ばし、体幹に力を入れた。


 彼の意地悪なリードを、逆に利用して、加速する。


 ターン。


 ドレスの裾が、美しい円を描いて広がる。


 着地。


 音もなく、優雅に。


 私は視線を逸らさなかった。

 彼の瞳を、睨み返すように見つめたまま、不敵に片眉を上げてみせる。


 「……ははっ」


 レオさんの目が、丸くなった。

 そして、すぐに楽しそうな光を宿した。


「やるね。……ただの雑草かと思ってたけど」


 彼はステップを続けながら、探るように聞いてきた。


 「君、本当は何者? その身のこなし……どこかの没落貴族の末裔?」


 バレた?


 いや、まだ確信はないはずだ。


 私はフフッと笑い、彼の問いを煙に巻いた。


 「さぁ? ……どうかしら?」


 「秘密主義なシンデレラだ」


 「ミステリアスな方が、オモチャとしても飽きないでしょ?」


 「違いない」


 彼が私を引き寄せる力が、少し強くなった。

 それは、所有物としての拘束ではなく、対等なダンスパートナーとしての敬意を含んでいた。


 音楽が高まる。


 私たちは誰よりも速く、誰よりも美しく、フロアを回転し続けた。


 周囲の視線も、嫌味な囁きも、もう耳に入らない。


 今、この瞬間だけは。


 この嘘つきの王子様と、私だけの世界だった。


 


【明菜先生の研究メモ】


被験者データ No.002

・氏名:九条茉莉子

・職業:踊る詐欺師(元バレリーナ)


現在のステータス

・魅力:S(ドレスとダンスの相乗効果で、会場のモブたちを圧倒)

・メンタル:A(レオの試練をクリアし、自信を獲得)


新規獲得アイテム

・【ミッドナイトブルーのドレス】:知性と気品を+50する魔法の装備。

・【レオの敬意】:オモチャから共犯者への昇格チケット。


 


【明菜の分析ログ】


 ブラボー!

 いいもの見せてもらったわ。


 「昔取った杵柄」とはよく言ったものね。

 あのお嬢様レッスンが、まさかこんなところで役に立つとは。


 人生、何がフラグになるかわからないものねぇ。


 レオのあの目、見た?

 ただの暇つぶしじゃなくなったわよ。


 アンタの中に、自分と同じ「種族」の匂いを感じ取ったみたい。


 さぁ、ダンスは終わった。

 熱狂の後は、冷たい夜風が必要ね。


 バルコニーへ行きましょう。

 そこで初めて、本当の「会話」が始まるわ。

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