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令嬢ゲーマー、婿活はじめます  作者: ベルガ・モルザ


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第二十一記録【サメが襲ってくるわ】




「……なぁ、コネ条」


 剣崎が、濡れた瞳で私を見つめ、低い声で言った。

 私は息を飲んだ。


 来る。

 この雰囲気、この距離感。

 絶対に甘い言葉が来る。


「……このシーンにおける心拍数の上昇だが」


「は?」


 思わず素の声が出た。


 え、今なんて?

 心拍数?

 言いかけた言葉それかい! 雰囲気ぶち壊しなんですけど!


 私はソファからずっこけそうになった。


 なによそれ。

 せっかくのイケメンな涙が台無しじゃん。

 やっぱり変人だ。この男、ロマンチックの欠片もない。


「心拍数の上昇とか今いる?」


「何を言っている。重要なデータだぞ」


 剣崎は真顔で眼鏡の位置を正した。

 その目から涙は消え、いつもの冷徹なマッドサイエンティストの光が戻っている。


「この吊り橋効果による心拍数の変動が、人間の感情プロセスにどう影響するのか。実証が必要だと思わないか?」


「思わない! なんの実証よ!」


「だから言っただろう。感情のデータ収集だ」


 彼はグイッと顔を近づけてきた。


「被験体コネ条……じゃない」


 ピタリ。

 彼の言葉が止まった。


「……まーちゃんと、オレの心拍数が一致してるか」


 ドクンッ!!


 時が止まった。


 今、なんて呼んだ?

 まーちゃん?


「は、はぁ!? 誰がまーちゃんよ! 気持ち悪い!」


 私は顔から火が出るのを感じた。


 なによその呼び方。

 小学校の親戚のおじさんかよ。

 ダサい。ダサすぎるのに、なんでこんなに破壊力があるの。


「うるさい。コネ条よりはマシだろう」


 剣崎は少し拗ねたように視線を逸らした。

 その耳が、ほんのりと赤くなっている。


 ……嘘でしょ。

 この人、照れてる?


 彼もまた、どうすればいいのかわからないのだ。

 この変な空気を。

 この制御不能な感情を。


「バカじゃないの」


 私はパーカーのフードを深く被り直した。

 顔が見れない。

 恥ずかしすぎて、まともに直視できない。


 私は視線を逸らし、逃げるようにソファの端へと身を寄せた。




 その時だった。


 ぬぅっ。


 視界の下から、影が現れた。


「……っ!」


 剣崎だ。

 彼が、フードで隠した私の顔を、下から覗き込んできたのだ。


 その動きは、まるで海面から獲物を狙って浮上してくるサメのように。

 ゆっくりと、逃げ場を塞ぐように。


「な、なに……」


 見下ろしてくる彼の顔。

 水色のシャツの襟元が乱れて、鎖骨が見える。

 眼鏡の奥の瞳が、妖しく光っている。


 色っぽい。

 さっきの涙とは違う、大人の男の色気。


「逃げるなよ、まーちゃん」


 彼が低い声で囁く。


「実証実験はまだ終わってない」


 さらに顔が近づく。

 鼻先が触れそうな距離。


「けんざき、だめ……」


 私が弱々しく抵抗すると、彼は眉をひそめた。


「その呼び方は減点だ」


「え?」


「恭弥って呼んでくれなきゃ、やめない」


「……ッ!?」


 なによそれ!

 どんなSっ気よ!


 普段は理屈っぽいくせに、こういう時だけオスを出してくるの反則でしょ!


「無理! 絶対無理!」


「そうか。なら、強行突破するしかないな」


 彼がニヤリと笑った。


 その笑顔は、マッドサイエンティストのそれではなく、獲物を追い詰めた肉食獣のようだった。


 カチャリ。


 眼鏡のフレームが私の頬に触れる音。


 唇の距離、あと数センチ。


 これ、キスする流れ!?

 嘘でしょ、ここで!? サメ映画の前で!?


 私が覚悟を決めて、ギュッと目を閉じた、その瞬間。




 ドォォォォン!!!!


「うおっ!?」


「きゃあっ!?」


 凄まじい爆発音が研究室に響き渡った。


 私たちは驚いて飛び退き、勢い余って頭をゴチンとぶつけた。


「いっつー……!」


「ぐ、むぅ……」


 二人して額を押さえながら、モニターを見る。


 画面の中では、巨大なサメが核爆発並みのキノコ雲を上げて粉砕されていた。


『Yeah! 俺たちの勝利だ!』


 主人公がサムズアップしている。


 ……。


 沈黙。


「……ブッ」


 先に吹き出したのは、恭弥だった。


「ククク……ハハハッ! なんだあの爆発! 物理法則もへったくれもない!」


「アハハハ! ホント! タイミング最悪すぎでしょ!」


 私たちはお腹を抱えて大爆笑した。


 色気もムードも、全部サメが吹き飛ばしてしまった。




「はー、笑った……」


 私は涙を拭いながら、隣の恭弥を見た。

 彼もまた、楽しそうに笑っている。


 キスはできなかったけど。

 まぁ、これもありか。


 この変人との「実験」は、これからも続きそうだし。




「さて、まーちゃん」


 恭弥が次のディスクを取り出した。


「実験はまだ続くぞ。次は『メカシャーク vs 電気ウナギ』だ」


「はぁ!? まだ見んの!?」


 結局その日、私は日が変わるまで、2本のB級サメ映画を見せられることになった。




 深夜、自宅。


 私は広いバスルームで、泡風呂に浸かっていた。


「ふぅ……」


 スマホでゲームのログインボーナスを受け取りながら、ぼんやりと水面を眺める。


 湯気に包まれた静寂の中、さっきの研究室での出来事が蘇ってくる。


『恭弥って呼んでくれなきゃ、やめない』


 あの低い声。

眼鏡が触れ合った音。

 鼻先にかかった吐息。


「……」


 私は熱くなった顔をお湯に沈めた。


 もし、あの時サメが爆発しなかったら。

 私たちは、どうなってたんだろう。


 キス、してたのかな。

 あの変人と。


「……ありえない、ありえない」


 私は首を振って、その考えを打ち消した。


 相手は研究マシーンだよ?

 きっとキスの最中も唾液の成分分析とか考えてるに決まってる。




 ザバァッ!


「うわっ!?」


 突然、目の前の水面が盛り上がった。


 私がのけぞると、泡の中から明菜が飛び出してきた。


 彼女は濡れた髪をかき上げながら、ニヤニヤと笑っている。


『あら〜♡ まーちゃん、ずいぶんと熱い夜だったみたいじゃない?』


「び、びっくりした! なんでバスタブから出てくんのよ!」


『裸の付き合いってやつよ』


 明菜は私の隣に浸かり、空中に一枚の写真を表示させた。


『見てこれ。決定的瞬間よ』


 そこに写っていたのは――。


 薄暗い研究室のソファ。

 フードを被って逃げ腰の私と、それを下から覗き込む恭弥。


 唇があと数ミリで重なりそうな――。


 ぎこちなくて、初々しくて。

 見てるこっちが恥ずかしくなるような、キス寸前の二人だった。


「ちょっ、なに撮ってんのよ!」


 私は慌てて写真をかき消そうとお湯をかけた。

 明菜はケラケラと笑いながら、それを避けた。


『残念だったわねぇ。サメに邪魔されちゃって……でも、安心して。実験はまだ終わってないわよ?』


 彼女は意味深にウインクした。


『次は金曜日。王子様のターンよ。……覚悟はいい?』


 私は湯船に深く沈み込み、ブクブクと泡を吐き出した。


 もう、お腹いっぱい。




【明菜先生の研究メモ】


被験者データ No.002

・氏名:九条茉莉子(通称:まーちゃん)

・職業:サメ映画の犠牲者(寸止め編)


現在のステータス

・魅力:B+(フードを被った姿が、逆に庇護欲をそそった模様)

・メンタル:C(変人の意外なSっ気に翻弄され中)


新規獲得アイテム

・【まーちゃん呼び】:破壊力抜群のダサ可愛い愛称。

・【恭弥呼びの強要】:新たな性癖の扉が開いた音がした。




【明菜の分析ログ】


 いや〜ん♡、惜しかったわね!

 あと一歩で「論理バグ(キス)」発生だったのに。


 まさかサメ映画の爆発オチに邪魔されるとは、アンタたちらしいわ。


 でも、「恭弥」呼びを強要するなんて……あの変人、意外とSっ気あるじゃない?

 これは新しい発見ね。


 さぁ、明日はついに金曜日。

 今週の締めくくりは、一番厄介な嘘つき王子。


 今度は物理でも論理でもない……「心理戦」の泥沼が待ってるわよ♡

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