表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
令嬢ゲーマー、婿活はじめます  作者: ベルガ・モルザ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/43

第十四記録【追い詰めないで、時間を止めないで】



四月八日、月曜日、昼。


 カシャン。

 テーブルの上に一枚のカードが滑り出した。


「……何これ」


 私はコンビニの袋を片手に、眉をひそめた。

 特別監査室の豪奢なローテーブル。

 そこに鎮座しているのは、紫のスーツを着た悪魔。


 彼女は長い足を組み、不敵な笑みでカードを指差した。


『今週の茉莉子の運命♡』


 そこに描かれていたのは、崖っぷちを陽気に歩く、派手な服を着た若者の絵。


 【THE FOOL(愚者)】


「愚者? ……バカってこと? 初手から煽り?」


『ご明察。意味は「自由」「純粋」……そして「無謀」よ』


 明菜がカードをクルクルと回す。


『今の茉莉子はまさにこれ。崖っぷちにいることに気づかず、空を見上げてヘラヘラ笑ってる馬鹿者。……無防備に歩いてたら、そのまま真っ逆さまよ?』


「縁起でもないこと言わないでよ」


 私は鼻で笑った。

 崖っぷち? 何を言うか。


 先週の私は、確かにボロボロだった。

 でも、土曜日の凪とのデートで、私のMPは全回復してるんだから。


 ブブッ。

 スマホが震えた。


 画面を見る。

 表示名は『雨宮 凪』。


『天気がいいですね。屋上でランチしませんか? 場所、確保しました』


 ドクン。

 心臓が跳ねた。


 脳裏に蘇る、スクーターでの背中の温もり。

 ファインダー越しに向けられた、あの熱っぽい視線。

 あの時のお姉さんという甘い響き。


 あぁ、もう。

 ドキがムネムネする。


「……行く! 即レス!」


 私は明菜の忠告なんて右から左へ受け流し、コンビニで買ったチョコデニッシュとミルクティーを掴んで、部屋を飛び出した。


『忠告はしたわよ……?』


 背後で聞こえた明菜の呆れ声は、もう耳に入らなかった。




 屋上への重い鉄扉を開ける。


 ヒュオオオッ!

 強い風が吹き抜けた。


「うわ、風つよっ……でも気持ちいいー」


 雲ひとつない快晴。

 私は指定された裏手へと回った。


 そこは、壁に囲まれた死角になっていて、確かに誰も来なさそうな秘密基地感がある。


「凪くーん、お待たせー……」


 声をかけようとして、私は足を止めた。


 そこにいたのは、私の知っているワンコじゃなかった。


 コンクリートの縁石に腰掛け、長い足を投げ出している青年。

 彼は空を見上げ、細い指先で何かを挟んでいた。


 タバコだ。


 スーッ……。

 彼が深く煙を吸い込み、ゆっくりと青空に向かって紫煙を吐き出す。


 気怠げな横顔。

 伏せられた睫毛。

 首筋のライン。


「……っ」


 私は息を飲んだ。


 え、タバコ吸うんだ……。

 意外だった。

 健康的なイメージだったのに。


 でも、その紫煙をくゆらす姿が、悔しいくらいに様になってる。

 年下のくせに、なんであんなに色気があるのよ。


 なんか……セクシーだ。

 大人の男の人って感じがして、見てはいけないものを見たような背徳感がある。


 その時、凪が横目でこちらに気づいた。

 一瞬だけ、鋭い光が宿る。


 でも、すぐに彼はタバコを携帯灰皿に押し込み、パッと表情を変えた。


「あ、一条さん! こっちです!」


 ニカッ。

 いつもの、人懐っこい笑顔。白い歯がキラリと光る。


 さっきのアンニュイな表情はどこへやら。

 そのギャップに、私の心拍数は勝手にBPMを上げていた。




「……お待たせ。ここ、いい場所だね」


 私は平静を装い、彼の隣に腰を下ろした。


「でしょう? ここは誰もこないのでお気に入りなんです」


 彼はニコニコしながら、コンビニ袋を取り出した。

 中から出てきたのは、ラップに包まれた二つのおにぎりと、お茶のペットボトル。


 対する私は、甘ったるいチョコデニッシュと、紙パックのミルクティー。


 ……格差すごくない?

 どっちが女子だよ。


「それ、手作り?」


「はい。わかめの混ぜ込みですけど」


 わかめ……。

 具材のチョイスが渋い。家庭的すぎる。


 ユンジンのプロ級弁当とは違う、実家のような安心感。


 私たちは並んで座り、お昼を食べ始めた。


 会話はない。

 風の音と、遠くの街の喧騒だけが聞こえる、心地よい静寂。


 隣に彼がいるだけで、HPが徐々に回復していくリジェネ効果を感じる。




 ふわり。

 私の視界の端に、明菜が浮かんでいた。


 彼女は凪を見下ろし、厳かに呟いた。


『ゲーテは言ったわ。「光が強ければ強いほど、影もまた濃くなる」ってね』


 明菜が私の方を向き、警告するように指を振る。


『この穏やかな陽だまり……その裏に、どんな影が潜んでるか。お馬鹿さんな愚者には見えてないみたいね』


 影?

 何言ってんの。


 こんなに爽やかじゃん。癒やしじゃん。

 タバコ吸うくらい、男の子なら普通でしょ。


 私は明菜の言葉を脳内ミュートした。

 今の私は太陽のバフがかかってるんだから、ネガティブな発言はノーサンキューだ。




 お腹がいっぱいになると、眠気がやってきた。

 ポカポカとした陽気。


 風に乗って、凪から微かにタバコの残り香と、洗剤の匂いが漂ってくる。


 私はチョコデニッシュの袋を畳みながら、ぼんやりと空を見た。


「ふぁ〜……」


 大きなあくびが出る。

 完全にガードが下がっていた。

 装備解除。丸腰状態だ。


「なんか、凪くんといると落ち着くなぁ」


「……そうですか?」


「うん。会社の人たち、みんなキャラ濃いし。戦闘民族(大樹)とかマッドサイエンティスト(剣崎)とかオカン(ユンジン)とか……」


 私は膝を抱え、へへへと笑った。


「その点、凪くんは癒やしだよ。マイナスイオン出てる」


 凪は何も言わず、ただ静かに私を見ていた。


 その沈黙を肯定だと受け取った私は、一番踏んではいけないスイッチに足を乗せてしまった。




「もし、死んだ弟が生きてたら……こんな感じだったのかなぁ」


 凪がペットボトルを持ち上げかけて、ふっと動きを止めた。


「……弟?」


 声のトーンが落ちた気がした。

 でも、空を見上げている私は気づかない。


「そう、弟。……お母さんと一緒に、出産の時に亡くなっちゃったんだ」


 私は少しセンチメンタルな気分に浸りながら、語り続けた。


「だから会ったことはないんだけどね。もし生きてたら、きっと凪くんみたいに優しくて、可愛くて……ちょっと生意気な子だったんだろうなって」


 私は彼の方を向き、姉としての慈愛に満ちたつもりの笑顔を向けた。


「だからかな。凪くんのこと見てると、なんか放っておけないっていうか……」


 言い終わる前だった。


 ガタッ。

 凪が立ち上がった。


 その動きは唐突で、私はビクッと肩を揺らした。


「あ、もう時間? 行く?」


 私も慌てて立ち上がろうとする。


 けれど。


 凪は無言のまま、私に近づいた。

 一歩。また一歩。


 近い。

 圧がすごい。


 さっきまでの、尻尾を振っていたハスキー犬の気配が消えている。

 代わりに膨れ上がってきたのは――土曜日に感じた、あの捕食者の気配。


「え、ちょっ……」


 私は反射的に後ずさりした。


 ガシャン!

 背中が硬いものにぶつかる。

 金網のフェンスだ。


 逃げ場がない。


 ダンッ!

 凪が私の顔の横、フェンスの網目に手をついた。


 いわゆる網ドンだ。


「な、凪く……?」


 見上げた先にある彼の瞳。

 そこにはもう、光なんて宿っていなかった。


 あるのは、深く、暗く、飢えたような――肉食獣の色。


 鼻をくすぐるタバコの匂い。

 吐息がかかる距離。


 彼は私の目を射抜くように見つめ、腹の底に響くような低い声で囁いた。


「……凪くん、じゃなくて」


「へ……?」


「凪って呼んで」


 命令形。

 拒否を許さない響き。


 私がパクパクと金魚のように口を動かしている間に、彼はさらに顔を近づけてきた。

 唇が触れそうな距離。


「それと」


 彼の目が細められる。

 ゾクリとするような冷たさと、熱が同居している。


「俺を、弟扱いしないでほしい」


「……ッ!」


「俺、一回も……アンタのこと、お姉ちゃんだなんて思ったことないから」


 ドクンッ!!

 時が止まった。


 思考回路がショートする。


 姉さんじゃない?

 じゃあ、何?


 その瞳が語っている言葉の意味を理解した瞬間、私の脳内で警報が鳴り響いた。


 ひぃぃぃぃっ! なにこれ! モード反転!?

 ヤバババ! 地雷踏んだ! しかも特大のやつ!!


 弟じゃないなら何!?

 その目は何を見る目なのーー!?


 その目は……


 「女」を見る目。

 それも、ただの異性じゃない。

 獲物を狙う、雄の目だ。




 「……」


 凪はフッと、自嘲気味に口角を上げ。

 そして、パッと私から離れた。


「……午後の仕事、戻りましょうか」


 背中を向け、彼はスタスタと歩き出した。


 その背中は、さっきまでの「可愛い年下」とは全く違う、大きく、恐ろしいものに見えた。


 私はフェンスにへばりついたまま、へなへなと座り込んだ。


 心臓が痛い。


 明菜の予言通りだ。

 私は、崖っぷちから真っ逆さまに突き落とされたのだ。


 太陽の裏側にある、濃すぎる影に。




【明菜先生の研究メモ】


被験者データ No.002

・氏名:九条茉莉子

・職業:地雷処理班(失敗)


現在のステータス

・魅力:B(無防備さが仇となり、獣の本能を刺激)

・メンタル:D(パニック状態。リジェネ効果消失)


新規獲得アイテム

・【凪の本性】:タバコと独占欲。

 

・【弟禁止令】:破ったら噛みつかれる絶対のルール。




【明菜の分析ログ】


 言わんこっちゃない。

 「可愛い」なんてラベル貼って油断してるから、中身の猛獣に気づかないのよ。


 さぁ、スイッチは入っちゃったわよ?

 ここからが本当の「鬼ごっこ」の始まりね。


 逃げ切れるかしら?

 それとも……食べられちゃう?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ