表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
令嬢ゲーマー、婿活はじめます  作者: ベルガ・モルザ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/43

第十二記録【休日ログインと、玄関ホールのハスキー犬】



 四月六日、土曜日。午後十四時。


 カチャカチャカチャカチャッ、タァーン!!


「よしっ! 落ちろォォォォ! ファイナル・バーストぉぉぉ!」


 九条家の二階、私の部屋。


 完全遮光カーテンによって闇に閉ざされた空間で、PCモニターの青白い光だけが明滅している。画面の中では、極彩色のエフェクトと共に巨大なドラゴンが崩れ落ちた。


 ファンファーレが鳴り響く。『クエストクリアー!』の金文字。


「ふぅー! ちょろい! ちょろすぎるわ!」


 私はゲーミングチェアの上であぐらをかき、勝ち誇ったように鼻を鳴らした。


 今の私は、深窓の令嬢「一条茉莉子」ではない。中学時代の名前入り芋ジャージを着崩し、ボサボサの髪を適当にクリップで留めた、正真正銘の干物女。そして、MMORPG界でその名を轟かせるギルド『九条ネギ』のギルドマスターだ。





 ムフムフと荒い鼻息を漏らしながら、私はサイドテーブルに置いてあったぬるいコーラを煽った。


 プハーッ! 五臓六腑に染み渡る、勝利の美酒(糖分)。


 これよ。これこそが私の本来あるべき姿。今週一週間、リアルというクソゲーで削られたHPが、急速に回復していくのを感じる。


 その時、ボイスチャットのテキスト欄が流れた。


『おつかれさまでしたー! さすがマスター!』

『ナイス火力!』


「当たり前じゃーん、私が指揮してんだから! 座標ズレてたヒーラー、後で説教部屋行きな」


 称賛の嵐。いい気分だ。


 しかし、不意にこんなコメントが投下された。


『そういえばマスター、最近イン率激減してません?』


 ドキッ。


『確かに。以前は14時から翌朝5時まで常駐してたのに、今週ほとんど見てないっすよね』

『まさかマスター、引退説?』

『リアルでなんかあったんすか?』


「うっ……」


 痛いところを突かれた。モニターの前で、私は硬直した。


 まさか、親の会社にコネ入社して、イケメン社員たちとフラグ乱立させてましたなんて言えるわけがない。そんなこと言ったら、裏切り者としてギルドを追放されかねない。


 私は震える指でキーボードの上に手を置いた。


 ……落ち着け。ここは威厳を保つのだ。


 カチャ、カチャ……。


『フッ。心配無用だ。妾はいま、社会という名の荒波に揉まれているのじゃ』


 送信。


『リアル・クエストが少々忙しくてな……。魔王(父親)からの無理難題を攻略中なのだよ』


『うわぁ……』

『マスターが社会進出……』

『明日は雪か? 槍が降るぞ』

『無理しないでくださいね、おばあちゃん』


「誰がおばあちゃんだ!」


 私は画面に向かってツッコミを入れた。


 はぁ……。


 私は椅子に深くもたれかかり、天井を仰いだ。


「そりゃ驚くよね。自分でも驚いてるもん」


 一週間前の私なら、外に出るなんてあり得なかった。それが今や、平日は毎日出勤。しかも社内のネームドたちと関わりまくっている。


「あー、社会って怖い怖い。HP消費激しすぎ」


 私が遠い目をして黄昏れていると、モニターの上から逆さまにニュッと顔が出てきた。


『何が荒波よ』


 びっくりした! 明菜かよ!


『ただ食っちゃ寝して、イケメンたちといちゃついてただけじゃない。どこが荒波? さざ波ですらないわよ』


 ポカリ。


 彼女は手に持っていたピコピコハンマーで、私の頭を軽く叩いた。


「いったぁ〜い! 私にとってはエベレスト登頂並みの偉業なの!」


 私は手足をジタバタさせて抗議した。


「大樹の筋肉に圧殺されかけ、剣崎のマシンガントークを浴び、ユンジンの攻撃に耐え、レオさんの毒に侵されたのよ!? これで生きてるのが奇跡でしょ!」


『はいはい、大げさねぇ』


「大げさじゃない! 私のメンタルはもうボロ雑巾!」


 ガチャ。


 ドアが開いた。執事の直之が入ってくる。


「お嬢様、なにかあった……」


 彼はそこで言葉を失った。


 目の前には、ジャージ姿で虚空に向かって「ボロ雑巾よ!」と叫びながらジタバタする主人の姿。


「あぁ……お嬢様……」


 直之はトレイを置き、胸元のポケットからレースのハンカチを取り出して、目頭を押さえた。


「なんとお労しい……。あれだけ大きな独り言を吐き出しながら、見えない敵と戦っておられる……。社会のストレスで、心が限界なのですね……」


「違うから! 元気だから! 今のは明菜と……あーもう、説明するのも面倒くさい!」


 私は枕に顔を埋めた。


 休みなのに。私の聖域なのに、全然休まらない。

 


 ――三十分後。


 ゲームのしすぎで喉が渇いた私は、部屋を出た。


「ふぁ〜……コーラおかわり。糖分、糖分」


 装備はそのまま。中学ジャージ、ボサボサ頭、足元はサン◯オの健康サンダル。防御力ゼロ。完全に気が抜けている。


 私はボリボリとお腹をかきながら、九条家自慢の豪華絢爛な大階段を降りていった。


「ちょっと一休みしたら、もうワンクエ行きますかー。次はレア素材マラソンだしなー」


 あくびを噛み殺し、だらしない足取りで踊り場に差し掛かる。そこから、一階の玄関ホールが見下ろせる。


 ん? 何かいる。


 広大な吹き抜けのホール。高価な壺や絵画が並ぶ空間に、一つだけ異物が混じっていた。


 私は足を止めた。フリーズ。


 そこに立っていたのは、一人の青年だった。


 黒髪のウルフカット。襟足が少し長めで、外に跳ねているのが野性味を感じさせる。服装はラフだが品のある、白のリブTシャツに黒のワイドパンツ。


 そして何より、その瞳。宝石のように澄んだ、フォレストグリーン。


 黙って立っているその姿は、愛嬌のあるワンコというより、気品と冷たさを併せ持つシベリアンハスキーそのものだった。


 美しい。人間離れした造形美が、我が家の玄関に鎮座している。


 は?


 思考停止。


 なんで? 今日土曜日だよ? 休みだよ? なんで社長秘書がここにいるの?


 私の気配に気づいたのか、凪がふと顔を上げた。目が合う。


「あっ……」


 彼は目を丸くし、それからポツリと言った。


「一条……さん?」


「アハハハ〜……どうも……」


 乾いた笑いしか出なかった。死にたい。今すぐここからログアウトしたい。


 バレた。最悪だ。


 会社では「一条茉莉子」の皮を被っていたのに、一番見られたくない「ジャージでお腹かいてる姿」を見られた。


 凪は私の姿を見ても、特に動揺した様子もなく、ただ静かに見上げている。その反応の薄さが逆に怖い。


 「うわ、だらしな」とか思ってるんでしょ!? そうなんでしょ!?


 その時。


 ガチャリとリビングの扉が開いた。


「おや、もう来てたのかい?」


 現れたのは、我が家の主にして、諸悪の根源。父・九条壮一郎だった。


「ごめんねぇ〜凪くん。休日にわざわざ呼び出しちゃって」


 父はニコニコしながら凪に歩み寄る。


「いえ、ちょうど近くにいましたから」


 凪は人懐っこい笑顔で応えた。


「それで社長、急用というのは?」


「あぁ、そうそう。月曜日に会う先方のお客様ね、実は重度のナッツアレルギーだと伝え忘れてて〜。スマホでも言えたんだけど、パパ機械音痴だからさぁ〜♡ 文字打つの苦手で〜」


 嘘だ。絶対嘘だ。このタヌキ親父、会社では高速フリックで指示飛ばしてるくせに!


 父がチラリと階段の上の私を見た。小熊のようなつぶらな瞳が、ウルウルと訴えかけてくる。


(ほら、茉莉子ちゃん! チャンスだよ? イケメン秘書、デリバリーしておいたから!)

 そんな声が聞こえるようだ


 仕組まれた! この遭遇イベント、完全にパパの作為的な采配だ!


 凪は「はぁ」と一つ頷くと、すぐにポケットからスマホを取り出した。


「わかりました。では、予約してあったフレンチ『ル・カノン』はキャンセルし、アレルギー対応可能な和食の個室を新たに手配します。先方の好みは確か、魚料理でしたね」


 彼の指が高速で動く。どこかに電話をかけ、流暢な敬語で交渉を始めた。


「……はい。ええ、雨宮です。いつもの個室で。アレルギー対応は徹底してください。……はい、感謝します」


 通話終了。わずか一分。


「手配完了しました。確認のメールをお送りしておきます」


 彼はスマホをしまい、ニカっと白い歯を見せて笑った。涼しげな目元が、ギュピーンと効果音付きで光った気がした。


 仕事できすぎ。


 私は手すりを握りしめた。


 そして色気えぐぅぅ! なにあれ、普段のワンコ感からの仕事モードのギャップ!? イケメン有能秘書とか、設定盛りすぎじゃない!?


「あ、そうだ。もう知ってると思うけど」


 父がわざとらしく手を叩いた。そして、階段の上にいる私を手で示した。


「この子は僕の可愛い愛娘の茉莉子ちゃん♡ 会社では『一条』と名乗ってもらって、社会勉強させてるんだ」


 言っちゃった。公式発表だ。これで言い逃れはできない。


 凪は再び私を見上げた。そして、顎に手を添えて納得したように頷いた。


「なるほど」


 彼はストンと腑に落ちた顔をした。


「九条と名乗ると、親の七光りだと色眼鏡で見られますからね。一条さん、現場で苦労されてますね」


「あ、あはは……まあ……」


 苦労してるのは主に人間関係だけどね。


 凪は苦笑いを浮かべた。


「でも、あの『特別監査室』という役職は……正直、浮きすぎててバレるのも時間の問題かと」


 それな!!


 私は胸のうちでヘドバンするほど同意した。正しい。凪くん、その感覚正しいよ!


 誰がどう見ても怪しいもんあの部屋! バレないと思ってるのはパパと直之だけだよ!


「では、俺はこれで失礼します」


 用件を済ませた凪が、一礼して踵を返した。早い。本当に用事だけ済ませて帰るつもりだ。


 このままでは、「ジャージ姿を見られただけ」で終わってしまう。ただの恥さらし損だ。


『待ちんしゃい!』


 シュバババッ!


 明菜が階段の手すりを、スノボのように滑り降りてきた。その手には、一枚のタロットカードが輝いている。


 【THE SUN(太陽)】


『ここでイベントを起こして連絡先をゲットしなさい! 太陽が真上に来てるわ、今こそ攻め時よ!』


 明菜は彼を指さした。


『あの背中を見送ったら、次はいつチャンスが来るかわからないわよ! 行け、茉莉子!』


 明菜が私の背中をドロップキックで押した。


「あっ……!」


 私は勢いに乗せられ、階段から身を乗り出した。


「あ、あの! 雨宮くん!」


 玄関のドアに手をかけていた凪が、足を止めて振り返った。きょとんとした顔。さっきの仕事モードが消え、無防備なワンコの顔に戻っている。


 可愛い。


「……はい?」


 言うしかない。ジャージだろうが干物女だろうが、私は「一条茉莉子」だ! いや、今は「九条茉莉子」か。どっちでもいい!


「こ、このあとお時間あるのでしたら……どこか一緒にいきませんか!?」


 言っちゃった。ド直球な休日デートの誘いだ。ナンパだ。ジャージ女による秘書ナンパだ。


 凪は一瞬、目を丸くした。グリーンの瞳が、パチクリと瞬く。沈黙が痛い。


 断られる? 「いや、プライベートなんで」とか言われたら立ち直れない。


 しかし。


 彼はふわりと、花が咲くように笑った。


「いいですよ」


 彼はドアノブから手を離し、私の元へ歩み寄ってきた。


「俺も、暇だったんで。……どこ行きます?」


 その笑顔は、あまりにも眩しくて。


 私は直感した。


 あぁ、これは「太陽」だ。


 誰とも違う。無邪気で、でもどこか底知れない光。


 こうして、私の休日は、思いがけないクエストへと変化したのだった。


 【明菜先生の研究メモ】

被験者データ No.002

・氏名:九条茉莉子

・職業:自宅警備員ギルドマスター

 

現在のステータス

・防御力:0(「一条茉莉子」の皮を脱いだ完全無防備状態。社会的死の寸前)

・ラック(運):EX(腹をかきながらイケメンをナンパして成功させる、神がかり的な豪運を発動)

 

新規獲得アイテム

・【凪とのデート権】:パパの策略と明菜のドロップキックによる産物。

・【疑惑の視線】:秘書・雨宮凪に対し「ただのワンコではない」という予感を獲得。

 


【明菜の分析ログ】


 アンタねぇ……。

「運命の出会い」ってのは、食パンくわえて走るか、ハンカチ落とすか、せめて服を着てからやるものよ?

 腹かきながらエンカウントなんて、前代未聞だわ。


 ま、結果オーライだけどね。


 「太陽」のカードは、成功や祝福を意味するけど、同時に「隠し事ができない(白日の下に晒される)」って意味もあるのよ。

 アンタのジャージ姿がバレたように、彼の「中身」もそのうち見えるかもね?


 さっさと着替えてきなさい! デートよ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ