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棺の勇者と消えたプリン

 何を見るでもなく、ぼんやりと天井を眺める。

 背中に伝わる棺の冷たい感触は、もはや我が家のような安心感すらあった。


 勇者ダラクは、今日も棺の中で暮らしている。


 身体を動かすのは面倒だ。というか、途轍もない労力を要する。

 だが腹が減っては仕方がない。普段ならリルやジルが世話を焼いてくれるのだが、今日は何故か来ない。


「……確か、世界を調べてどうこう言ってたような……」


 寝起きで朦朧とする意識の中、よく分からないまま頷いた記憶だけが残っている。

 どうやらそれが失敗だったらしい。


 棺からだらりと落ちたダラクは、シワだらけの寝間着姿のまま、カタツムリのように、芋虫のように床を這う。

 階段は転がり落ち、ようやくキッチンへ到達した。


 冷蔵庫を開けるだけで体力の八割を消費し、中を覗く。

 そこには、誰かが大切に取っておいたであろうデザートがひとつ。


「……プリン?」


 まあいいか。


 一切の躊躇なく、ダラクはそれを一口で平らげた。


「……うっま」


 久々に発した声はカサついていたが、甘さとほろ苦いカラメルが喉を潤す。

 満足したダラクは、そのまま一時間かけて元の棺へと戻り、再び眠りについた。


 ※


「今日は……本当に酷い日だ」


 大きなため息とともに、優一は帰路を歩いていた。


 リルは普通に美少女で、ジルは強キャラ感溢れるイケメン。

 外国人(と思われている)という謎のレア属性まで付いてくる。


 そんな二人と同居していると知れ渡れば、どうなるか。

 答えは簡単だ。質問攻めである。


 優一がボッチなら回避できたかもしれない。

 だが彼は「どこにでもいる一般人」。それが一番詰む。


「えっと……何か不味いこと、しましたか?」


 制服姿のリルは、魔法使いの恰好とは別人のようで妙に新鮮だった。

 一緒にいる時間の長さを、優一は改めて実感する。


 頭の中で、勇者一行を整理する。


 勇者ダラク。多分ゴミ。

 リル。一番まとも。

 ジル。……不明。未知数。


 はやく疫病神たちを追い出して、平穏な日常を取り戻したい。


「別に怒ってない。ただ、転校するなら一言欲しかっただけだ」


「ですよね……本当にすみません」


 リルはスカートを押さえ、深く頭を下げた。


「で、学校に通うのは世界を知るため、ってやつか」


「はい! 経験第一ですから!」


 “後々の出来事に対処するため”という言葉は、敢えて聞かなかった。


「勇者様は?」


「お休み中です。至高の御方ですから」


 なるほど、ニート勇者。


「……勇者って、そんなに凄い存在なのか?」


 優一の問いに、リルの目が輝く。


「ダラク様は歴代最強の勇者です! 勇者の印が目覚めれば、魔王討伐も――」


「ふーん……」


 どう見ても棺でプリン食ってる人だが。


 まあいい。

 優一は今日も思う。


 何も起きない日常さえ守れれば、それでいい。


 家に帰ったら、楽しみにしていた――

 プリンでも食べて、頭を休めよう。


 そう思いながら、優一は家路を急いだ。

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