勇者一行、姉に捕獲される
部屋の扉を閉め、窓を閉じ、カーテンで世界を遮断する。
問題のゲーム機はソフトごと押し入れの奥へと封印し、俺は静かに「ゲーム引退」を宣言した。
そして、何事もなかったかのようにベッドへ倒れ込む。
先ほどの出来事が夢だったかのように、部屋には静寂が戻っていた。一度眠った体は素直で、俺はすぐに再び夢の世界へ――
「優一ィィィ!!!!!」
安らぎは、怒号一発で粉砕された。
階段を駆け上がる音。聞き慣れた声。
姉――妃の声だ。
かったるそうに目をこすりながら起き上がった瞬間、視界に入ったのは弁慶のような仁王立ちの姉だった。
しかも、顔が鬼。
「……な、なんですか?」
嫌な予感しかしない中、恐る恐る尋ねる。
「あんた、この子たちをなんで外に放置してるのよ!」
妃はそう言って、俺の横を指さした。
壁に遮られて、何を指しているのかは見えない。
――あの子たち。
その言葉で、さっきまで夢だと思っていた光景が脳裏に蘇る。
三人組。異世界。勇者一行。
「……え」
「ほら、おいで!」
妃の一声で、複数の足音が近づいてくる。
「こんばんは、優一さん」
何事もなかったかのような笑顔。
魔法使いの少女、リル。
その背後で何かをもごもご言っている盾男のジル。
そして――ジルにもたれかかるように眠りこけた勇者ダラク。
「ちょっ……! せっかく追い出したのに、何してんの姉さん!?」
「逆に聞くけど、追い出したあんたの思考が理解できないんだけど」
「だって、こいつら――」
言葉に詰まる。
どう説明すればいい? 異世界? ゲーム? 勇者?
俺が黙り込むと、妃はあっさり言った。
「あー、説明に悩んでる? 大丈夫、もう聞いたから。この子たち、別の世界から来た勇者一行なんでしょ?」
「……は?」
あまりに軽い口調に、思考が追いつかない。
「なんで、それを……?」
「さっき帰ったら外にいたから話聞いただけ」
「……それで信じたの?」
妃は当然のように頷いた。
俺はしばし、氷のように固まる。
当事者の俺ですら未だに半信半疑だというのに。
「私は非日常とかファンタジーとか、普通にあると思ってる派だから。別に驚かなかったわ」
黒髪を指でくるくる回しながら、姉は平然と言う。
「……たくましすぎだろ」
「でも家に入れる必要ある!? 非現実って分かってるなら、尚更ダメでしょ! 絶対巻き込まれるやつだよこれ!」
「そんなの決まってるじゃない」
妃の目が怪しく光る。
そして――
ぐへへ、という効果音が似合う笑みで、リルのミニスカートを撫で回した。
「こんな美少女がいるのよ!? 一緒に暮らすに決まってるでしょ!」
「は?」
「あんた高校一年生でしょ! もっと女子に興味持ちなさい! 一つ屋根の下よ!?」
キラキラした目で語る姉を見て、
俺は数分前に姉を見直した自分を殴りたくなった。
「異空間も作るって言うし住居問題も解決。刺激が必要なのよ、ねえリルちゃん?」
「はい!」
満面の笑みで即答するリル。
――詰んだ。
女子が結束した時点で勝ち目はない。
しかも相手は姉だ。
「……俺の生活の邪魔はするなよ?」
「もちろんです!」
「それからそいつ!」
眠りこけるダラクを指差す。
「こいつが出て行くって言ったら、即出て行け!」
「はい!」
こうして俺の平凡な日常は、音を立ててヒビ割れた。
*
翌朝。
最悪の目覚めだった。
昨夜は夢だった――そう思おうとした矢先、襖の隙間からリルがじっとこちらを覗いてくる。
「おはようございます!」
妃の寝間着を借りているのか、ぶかぶかで無防備だ。
覗いているのがドラえ〇んだったらどれほど良かっただろう。
便利道具も相談も期待できる。
だが現実は、厄介ごとの塊だ。
「あの勇者は?」
「ダラク様はまだお休みです。こちらのメモを」
『飯、テキトーに頼む』
「……本当に勇者かよ」
キッチンへ向かうと、さらに現実が俺を殴った。
姉はいつも通り優雅に朝食。
その背後で――
盾を腰に装着したジルが、超高速で朝食を作っていた。
「優一、早く食べなさい。遅刻するわよ」
誰よりも自然な日常。
豪華すぎる朝食を前に、俺は悟った。
――こいつの立ち位置が、一番わからない。
*
紫の雲が空を覆う異世界。
城の奥で、一人の男が呟く。
「……勇者が去った、か」




