勇者は部屋着で現れる
次に目を覚ました優一が最初に見た景色は、闇に沈んだ世界だった。
窓の外はすっかり夜で、カーテン越しの街灯だけが部屋をぼんやり照らしている。
(……寝すぎた)
そう思ったところで、意識が完全に浮上する。
同時に、耳へと雑音が流れ込んできた。
――近い。
しかも、複数人。
少なくとも三人。
最初は、姉の妃が帰ってきたのかと思った。しかし、聞こえてくる声は明らかに違う。
距離が近すぎる。
まるで、真横で会話しているみたいだ。
「あーぁ。ねっみ」
「本当に、逃げ出しちゃいましたね」
「……オォ!!!」
聞き慣れない声に、優一は完全に覚醒した。
勢いよく上体を起こし、声のする方を見る。
「寝るわ」
「ちょ、ちょっと! 寝ないでください。起きましたよ!」
「オォ!」
一瞬、思考が氷のように固まった。
そこにいたのは――
どこかの英雄のような装束をした、やる気の欠片も感じられない男。
腰に巨大な盾を巻いた、上半身裸の大男。
そして、身丈に合わない大きな帽子と、やたら短いスカートを穿いた、いかにもファンタジーな魔法使いの少女。
三人とも、なぜか落ち着いている。
優一が起きるのを、最初から分かっていたかのように。
「……えっと。どちらさまで?」
沈黙に耐えきれず、優一はそう口にした。
「あ、わたしはリルと申します。この度は、世界を開いていただきありがとうございます」
少女は丁寧に頭を下げた。
「……世界? は?」
優一は反射的に部屋を見渡す。
見慣れた自室。ベッド、机、ゲーム機。どこも変わっていない。
(異世界転生……じゃないよな)
では、この場違いすぎる三人組は何者なのか。
泥棒? 逃亡者? それとも――
「ごめんなさい。急すぎて混乱しますよね」
リルはそう言って、パンと手を打った。
「えっと、まずは自己紹介しましょう! そうすれば、少しはピンと来るかもしれません」
胸に手を当て、にこりと微笑む。
「わたしはリル。見ての通り、魔法使いです。こちらの大きな方が、ジルさん」
控えめに示された先には、盾を腰に巻いた大男。
筋骨隆々で表情はほぼ無く、人形のようだ。
視線を向けると、口を動かさずに低い声で叫ぶ。
「オォー……オォー……」
「……なんなんだよ」
「で、こちらが――」
リルは、床に大の字で寝転がっている男を見下ろした。
「ダラク様です。勇者をやっております」
「……ダラク?」
優一の脳裏に、微かな引っかかりが生まれる。
聞いたことがあるような、ないような。
視線が自然とゲーム機へ向かった。
その隣に置かれた、拾ってきたゲームソフト。
――勇者クエスト 勇者VS魔王。
「……もしかして」
嫌な予感が、確信へと変わる。
「もしかして、勇者ダラク!?」
「はい!」
リルは嬉しそうに頷いた。
「いやいやいや。ちょっと待って。そんな顔されても、状況がまったく理解できない」
「あはは……ですよね」
少し顔を引きつらせながら、リルは続ける。
「信じられないと思いますが、わたしたち――あなたが拾ったゲームの中から出てきました」
「……は?」
意味が分からなすぎて、逆に冷静になる。
「つまり、バーチャルとかじゃなくて? 本当に、ゲームの世界から?」
「はい!」
「そんなわけあるか」
鼻で笑って否定する優一。
するとリルは、少し不満そうに眉を寄せた。
「でしたら……ゲームを起動してみてください。全部、分かりますから」
逆らえない空気に押され、優一は重い身体を引きずってゲーム機の前へ座る。
タイトル画面。懐かしいドット絵。
エンディングを迎えたデータを選択する。
「あ……」
勇者ダラクの姿が、どこにもない。
フィールドを歩いても、イベントは一切起きない。
「そういえば、仲間は魔法使いと盾役の二人だけだったな……」
「ほらぁ」
リルは目を細め、勝ち誇ったように鼻を鳴らす。
「……まだだ。まだ信じきれない」
半ば確信しつつも、優一は首を振る。
「何か、決定的なやつ。ババッと見せてくれ」
「分かりました」
リルは一歩前へ出て、明るい声で呪文を紡ぎ始めた。
空気が冷え、光が集まる。
次の瞬間、彼女の周囲に氷でできた星がいくつも浮かび上がった。
澄み切った輝きが部屋を満たし、優一の自室は、一瞬で神秘的な空間へと変貌する。
「……」
「信じてくれました?」
自慢げに笑うリルを見て、優一の固定概念は、完全に崩れ落ちた。
「……はい。負けました」
「えへへ。よかったです」
嫌味のない笑顔。
納得せざるを得ない。
「……でさ」
優一は頭を掻きながら言った。
「お前たちがゲームの中から来たのは分かった。でも、なんでこっちの世界に?」
「はい。それはですね……」
リルは少しだけ真面目な表情になる。
「この世界――いえ、あなたが“ゲーム”と呼ぶ世界には、重要な人物たちに“意志”が宿っているみたいなんです」
「意志……?」
「はい。だから――」
そこで、リルはふと思い出したように言った。
「あ、まだお名前を伺っていませんでしたね」
「……日向、優一だ」
そう名乗った瞬間、三人の視線が一斉に優一へ集まった。
――何かが、始まる。




