魔王降臨、勇者暴走
――運命の時が来た。
闇が空を支配する。
月は雲に隠れ、灰色の塊が強風に押されてせわしなく流れていく。
日付が変わって数分。
優一のスマホが震えた。
「駅前に来て」
月野の声は短い。
だが切る気配がない。
沈黙の向こうに、嫌な予感が滲んでいる。
「今日は、なんだか嫌な感じがするわ。頑張りましょう」
言い逃げるように通話は切れた。
優一は小さく息を吐き、背後の二人を見る。
「じゃあ、行ってきます」
リルが敬礼する。
「無理はするな。魔王に手を出すな。何かあったら――」
「分かってる。月野を頼んだ」
天井を見る。
その上にいる“廃人”へ向けた視線。
二人は深く頷き、夜へ消えた。
扉が閉まる。
家の中には、優一と勇者だけ。
優一はスマホを取り出し、魔王へ連絡した。
※
決戦の日。
魔王にとってもまた、非日常だった。
勇者を探しに来た世界で、ただの少年と協力関係を結ぶなど――過去の自分が見れば失笑するだろう。
だが優一とは奇妙に気が合った。
共通の“被害者”という絆。
そして初めて芽生えた、友情という感情。
それも今日で終わる。
スマホが鳴る。
『ああ。幸運を祈る』
通話を終え、魔王は人間の姿を解いた。
白銀の髪。
巨大な角。
人の枠を超えた体躯。
夜の住宅街へ飛び出す。
小さな魔力が二キロ先で揺れている。
「さて」
空間魔法を展開。
被害遮断のための結界。
さらに、優一へ強化魔法を飛ばす。
最後に――
魔力を解放した。
空間が軋む。
大気が悲鳴を上げる。
それは魔王にとって、準備運動。
運命の歯車が、動き出す。
※
「来たッ!」
優一の身体が軽くなる。
筋肉が目覚める。
跳躍すれば天井に頭をぶつけた。
(いける)
冷蔵庫を開ける。
四重の袋。
六重のジップロック。
厳重警備のプリンを解放する。
甘い香り。
普通の人間には届かない距離。
だが――
棺のうめき声が、止んだ。
沈黙。
「不気味だ……」
次の瞬間。
ダダダダダダダッ!!
何かが駆ける音。
振り向いた時には、扉が粉砕されていた。
立っていたのは――勇者。
ぼさぼさの髪。
しわくちゃの衣装。
唾液で汚れた口元。
だが、目だけが違う。
獣。
理性が削げ落ちた猛獣。
「プリン……」
低い声。
「プリン!!!!」
「うわああああ!?」
片手で壁が砕ける。
優一は全力で外へ飛び出した。
背後から迫る、勇者という名の捕食者。
※
「今日は日向は?」
「やることがあるそうです」
「は? 殺すわよ」
月野が舌打ちする。
その瞬間。
「「「――ッ!?」」」
世界が潰れる。
立てない。
息ができない。
月野が嘔吐する。リルも崩れる。
「……魔王、だな」
ジルが歯を食いしばる。
重圧。
絶望。
だが次の瞬間――
地面の影が動いた。
黒い人型。
顔の中央に巨大な眼球。
「一つ眼……!」
「ケケケケケ」
強い魔力の方向を向く。
月野を無視し、歩き出す。
「待ちなさい!」
届かない。
だが――
ゴン、と何かにぶつかった。
同時に、巨大な空間魔法が展開される。
「なにこれ!?」
「高度な結界だ!」
圧が消える。
「外部と切断されたみたいですね」
一つ眼が暴れる。
だが壊れない。
月野が立ち上がる。
「関係ないわ。倒す」
全力の魔法を叩き込む。
閃光が夜を裂いた。




