魔王、部室で胃を痛める
部室に入ってから三十分が経過した。
魔王は壁の時計を横目で確認し、再び机へと視線を戻す。
椅子に座る三人。
一人はただの人間。
残る二人は、魔王の宿敵――勇者の仲間。
構図だけ見れば、もっとも浮いているのは人間である優一だ。
だが実情は逆だ。
彼こそが、この場で最も不幸な存在である。
勇者ダラクは欠陥人間だ。
与えた装備は売却。金はギャンブルへ。
覚悟を決めた部下は無視。
成長のために敷いた導線もことごとく踏み外す。
もし無視できるのなら、どれほど楽か。
だが魔王は逃げられない。
勇者の成長を見届け、最後はその剣に敗れる。
それが代々の魔王の使命だ。
ゆえに、生物史上最底辺の勇者を見捨てることはできない。
――とはいえ。
魔王の被害は間接的だ。
真の地獄は、目の前の少年にある。
優一は数週間にわたり、あの生物と共同生活をしている。
もし自分が同じ立場なら、三日で倒れている。
「で、ダラク様の覚醒はどうしたらいいでしょうか」
「勇者の印か。不確定すぎるな」
リルとジルが優一に問いかける。
「勇者の印……。定番なら聖地巡礼とか、伝説の剣を手に入れるとか、あとは本人の成長だよな。ゲームなら」
「伝説の剣、ですか。そんなの見たこともありませんね」
「ぶっ――」
「「え?」」
「……失礼。何でもない」
むせた。
何を言っている。
それを売り払ったのはお前たちの勇者だ。
優一も同じ事実を思い出したのか、引きつった顔で魔王を見た。
「聖なる場所も思いつかないな」
ジルが腕を組む。
「なら、成長しかないな」
「ですがダラク様は既に完成された御方です」
「俺も同意だ。至高の恩方であったぞ」
優一が、感情のない笑みを浮かべる。
魔王は心底同情した。
「一つだけ手はある」
三人の視線が集まる。
「けど、あいつだからな。何が起きるか分からねえ」
「知りたいです!」
「俺もだ」
目が輝く二人。
「協力が必要だ」
「「もちろん」」
優一の顔に、わずかな不安が浮かぶ。
だがそれ以上に、覚悟があった。
魔王も思わず息を呑む。
やはりこの少年は、勇者と同棲することで鍛えられている。
「それは――」
スライドドアが勢いよく開いた。
「ここに居た!」
「月野」
「げ、魔女」
優一が振り返り、リルが露骨に顔をしかめる。
「こんな所が部室? 誰も来ないでしょ。埃っぽいし」
「うるさいですよ! 何の用ですか!」
リルが噛みつくが、月野は無視する。
「さっきの話。あんたが提案者よね」
顎でジルを示す。
「シビトを魔力解放で呼ぶやつか」
「そう。それ、いいアイデア」
月野は腕を組んだ。
「最近、どこかの強がり魔法使いさんも多少マシになってきたし。前に会ったあの個体……まだ未知がいる。わたしも戦い方を広げたい。いずれ奴とも――」
そこまで言って、ようやく気づいた。
「……あなた、実習生の」
視線が魔王へ向く。
魔王は目を閉じたままだ。
だが空気が変わる。
殺気。
細く鋭い刃のような気配が、じわりと広がる。
「おい、月野」
優一が焦る。
「仕方ないでしょ。色々聞かれたんだし。今ならまだ目立ってない。やるなら今――」
小声で物騒なことを言う。
倒せるはずがない。
だが、優一に迷惑をかけるのは本意ではない。
「あ、すみません。居眠りしていました」
魔王は目を開け、穏やかに微笑む。
「月野さん、でしたね?」
「……」
沈黙。
「ほら、ラッキーだったな。それでもやる気か?」
優一が囁く。
「……まあいいわ」
月野は舌打ちし、
「今夜決行ね。寝たいから戻る」
最後に魔王を睨み、部室を出ていった。
静寂。
面倒事は回避された。
だが魔王は改めて理解する。
――この少年は、とんでもない渦の中心にいる。
そして自分は、そこに自ら足を踏み入れたのだ。




