魔王、教師になる
今日は不思議と眠気がなかった。
扉を開けた瞬間、やけに空気が澄んでいる気がする。
思わず鼻歌が漏れた。
「何かあったのですか、優一さん?」
制服姿のリルが鞄を持ち直しながら首を傾げる。
「いや、別に」
「しかし最近平和だな。リルの実力も伸びてきている。そろそろ次のステップに行くべきかもしれん」
「「次のステップ?」」
ジルの言葉に優一とリルが同時に反応する。
「今のように手慣れたシビト退治ばかりでは限界がある。より強い個体と戦う環境を作れれば、成長は加速するはずだ」
優一は顎に手を当てる。
「理屈は分かる。でもどうやる? 俺たちは出てきたシビトを倒してるだけだろ」
「月野が言っていただろう。シビトは魔力に寄ってくる、と」
ジルはリルを見る。
「以前はリルの魔力が弱く、認知すらされていなかったがな」
リルの頬がぷくっと膨らむ。
「今は違う。魔力を意図的に解放すれば、より強い個体が現れる可能性がある」
「なるほど……」
「一つ訂正を。わたしはあの魔女と互角です」
「……まあ一度、月野に相談だな」
優一も頷いた。
――魔王と結託したことは当然言わない。
だが、基礎レベルの底上げが鍵なのは変わらない。
◇
教室に着くと、まだ始業前だった。
爆睡中の月野を起こすのは気が引けたが、早めに聞いておきたかった。
「ん……なに」
ほぼ寝たままの状態で話を聞いた月野は、
「今夜やってみましょうか」
それだけ言って再び眠りに落ちた。
そしてチャイムが鳴る。
「今日から実習生が来ます。仲良くしてあげてください」
担任の一言で教室はざわめいた。
扉が開く。
一歩ごとに視線が上がる。
二メートル近い長身。
銀髪。緋色の瞳。整った顔立ち。
「初めまして。デビルーズ・カイザーです」
流暢な挨拶。
歓声が上がる。
――来た。魔王。
一瞬だけ目が合う。
通じる意志。
優一の提案で、魔王には教師として来てもらった。
生徒では近すぎる。教師なら適度な距離で観察できる。
完璧だ。
月野は一瞬目を開けたが、特に何も感じず再び眠った。
……本当に大丈夫か。
◇
休み時間。
「凄くイケメンでしたね」
「ああ。強者の気配はある。だが――」
「「ダラク様には及ばないな~」」
完全に洗脳済みだった。
むしろ心配になるレベルだ。
◇
放課後。
「さあ行きましょう! 今日こそ部活動です!」
リルが目を輝かせる。
優一は鍵を渡した。
「先に行っててくれ。俺は顧問を呼んでくる」
「こもん?」
疑問符を浮かべつつも、青春に勝てず去っていく二人。
◇
職員室。
「公正部の顧問がまだ決まってなくて……」
担任が渋る。
「お願いします!」
横から魔王が完璧なタイミングで割り込んだ。
「この国をもっとシリタイデス。生徒とカカワリタイデス」
片言演技、完璧。
担任陥落。
「何かあれば必ず私を通すように」
「はい」
成功だ。
◇
特別棟の最奥。
光の届きにくい廊下を進む。
部室の前で深呼吸。
魔王は余裕の表情だ。
扉を開ける。
埃っぽい室内。
中央に机。椅子が並ぶ。
「あ、優一さん。それと――」
「今日から顧問のデビルーズ先生だ」
「よろしくお願いします」
完璧な笑顔。
完璧な礼儀。
宿敵とは思えない。
リルが優一を隅に引っ張る。
「何ですかあの人! ダラク様の話ができないじゃないですか!」
……やはりバカだった。
「顧問いないと部活できないだろ。任せとけ」
魔王に向き直る。
「この部は公正部です。まずは二人の友人を公正します」
「自分は居ないものと思ってください。様子を見ます」
演技力、満点。
事情を全て知っているのに、完璧に知らない顧問を演じる魔王。
「……まあ、いいですか。始めましょう」
机を囲む三人。
魔王は壁に背を預け、静かに目を閉じる。
こうして――
魔王公認の部活動が始動した。
勇者公正部。
その裏で、世界の均衡を揺らす策謀が静かに動き始めていることを、
まだ誰も知らない。




