修行の外側で起きたこと
修行には参加しない。
あの時の自分の言葉は、一体何だったのだろうか。
優一は死んだ魚のような目で、少し先の光景を眺めていた。
月野とリルが、豪快に魔法を放ち合っている。
修行を始めると決めてから、二週間が経った。
最初は本当に良かった。
二週間前の土曜日。
朝から山に籠もり、原始的な修行が始まった。だが五日も経つと問題が浮き彫りになる。
学校が終わり、夜にシビトを退治し、その後に山へ向かう。
さすがに無理があった。
「時間が勿体ないわ」
そう結論付けた月野が思い出したのが、優一の部屋の襖の奥にある異空間だった。
もう一つ作れないか、と提案された時のリルの顔は、優一から見ても腹立たしいものだった。
何しろ、月野が初めて頭を下げた相手がリルだったのだ。
殺意を隠しきれない月野と、勝ち誇ったリル。見ていてひやひやした。
――結果として、異空間は作られ、修行は継続された。
ここまでは良かった。
本当に、ここまでは。
問題は異空間の場所だ。
優一の部屋。しかも今回は襖ではなく、勉強机の引き出し。某猫型ロボットが喜びそうな位置である。
理由は単純だった。
異空間を作る条件が、ダラクの近くにいること。
詳しい理屈は分からないが、ダラクへの信仰心が極まった結果、リルが潜在的な力で大魔法を使っているのだろう。
戦闘に活かせればいいのだが、あの魔法使いに期待するだけ無駄なので、優一は黙って見守ることにした。
「修行の成果は出てるみたいだな」
一般人の優一でも分かる。
リルの魔法は明らかに威力が増し、持続時間も伸びていた。
月野も成長しているはずだが、元々の差が大きすぎて分かりにくい。
それでも結果は順調だった。
「今日はここまでにしましょうか」
汗を拭う月野が、膝に手をついているリルに声をかける。
「はぁ、はぁ……わ、わたしは全然余裕ですけど? あなたがキツいなら仕方ないですね」
「あら? じゃあもうワンセットやる? あなたのために言っただけだし」
「うぅ……いえ、もう修行スイッチ切れましたぁ! はい、終わり!」
そう言って、リルは逃げるように異空間を出ていった。
「……もっと素直になれないのかしら」
青春や友情が芽生える――なんてことはなく、むしろ二人の仲は悪化している。
原因はリルの強がりと、月野の煽りだ。優一の関知するところではない。
修行を終えると、時刻は深夜二時を回っていた。
夜遅いこともあり、優一は時々月野を送っている。
「ここまでで大丈夫」
「そっか。気を付けてな」
「シビトの気配は無いわ。でも魔王には気を付けて」
「気を付けようが無いけどな」
「この二週間……あの日が嘘みたいに、何もないわね」
「逆に不気味だな」
「嵐の前の静けさ、かも」
「やめろ。物騒だ」
本気で嫌そうな顔をした優一に、月野が優しく笑った。
こういう時は、ごく普通の女子に見える。
「でも、いずれ来る。その時は、絶対に負けない」
笑顔が消え、少し影のある表情になる。
優一は、月野は色々と可哀想なやつだな、と思った。
「俺は何も出来ないけど、応援してるよ。リルのことも頼む」
「嫌よ。自分で精一杯だもの……まあ、いいえ、何でもない。じゃあね。寝坊しないで」
「それはお前だろ」
小さく笑った月野の背中を見送り、優一は久々に同級生らしい会話ができたことに安堵した。
帰り道。
生暖かい風、虫の声、雲間から覗く満月。
この生活に慣れつつある自分に寒気を覚え、優一は足を止めた。
「――!!!」
「こちらの世界は、随分と平和なのだな」
忘れるはずがない。
圧倒的な強者。場を支配する禍々しい気配。
魔王だった。
「……なんで、お前がここに」
「簡単なことだ。勇者がいるなら、魔王もいる」
空気が重い。身体が動かない。
魔王は優一を見て、何かを確信したように笑った。
「やはりか。お前も、こちら側の存在だ」
「何の……ことだ……」
「フフフハハハハハハハ!」
近づいてくる魔王。
恐怖は、なかった。
だからこそ優一は、最後に一つだけ尋ねた。
「あんた、もしかして――」
「それは、ここで話すことではない」
口を封じられ、何かを握らされる。
「さらばだ、同胞。このことは、言うでないぞ」
魔王は風のように消えた。
自由になった優一は、手の中の一枚の紙きれに視線を落とす。




