異常は日常の顔をしている
この空間は異常だ。
優一は妙な緊張感を覚えながら、目の前の紅茶に口をつけた。
街中にある、ごく普通のファミレス。
だが、ここには説明のつかない違和感が満ちている。
※
学校に到着した優一の胸中は晴れなかった。
それも当然だ。昨夜は出来事が多すぎた。整理する間もなく、死の気配に何度も触れた。
シビトの存在。
月野の戦い。
そして――魔王。
あれはもう、平穏な日常に戻れる類の出来事ではない。
席に着くと、月野がすでに座っていた。
珍しい。いつもならナメクジのように机に貼り付いているのに。今日は背筋を伸ばし、険しい表情を浮かべている。
「おはよ」
返事はない。
ただの屍――ではなく、深く考え込んでいる様子だった。
優一が席に着くと、物音でようやく月野が気づいた。
「あ、おはよう」
「考え事か」
「ええ、まあ」
内容は聞かなくても察しがつく。昨日の一件で、月野も初めて知った事実は多い。
「ねえ、あの子たちは?」
視線の先には、空いたままの二席。
「ああ。魔王登場で警戒態勢だ。ダラクの元で今日は様子見らしい」
「そう……魔王、ね」
月野は短く呟き、覚悟を決めたような顔をした。
※
学校を休んだリルとジルは、ダラクが眠る棺の前に立っていた。
青春を謳歌するために入学したはずだが、最近は休みがちだ。
少し残念に思いながらも、リルはそれを仕方のないことだと受け入れていた。
ジルに治癒魔法をかけながら、リルが口を開く。
「とうとう来ましたね、魔王が」
「オォ」
「やはり魔王ともなると、ゲーム外からこちらに来られるんですね……考えたくなかったですが」
「オォォ」
「そういえば最近思ったんですが、ジルさんと優一さん、会話が噛み合ってない時ありますよね?」
「オォ……」
「ですよね! 多分ですが――」
「オォ!」
「はい、解除しておきますね」
ジルが嬉しそうに頷いた。
「ダラク様、魔王についてはどうされますか?」
「zzzz」
「なるほど。精神統一中ですね。つまり――優一さんを守れ、と」
勝手に納得し、満面の笑みを浮かべるリル。
棺の中からは、ただ規則正しい寝息が返ってきていた。
「分かりました! 一番無力なのは優一さんですし、全力で守ります。ね、ジルさん」
「オォ」
※
高層ビルの屋上。
世界を見下ろすように、魔王は立っていた。
闇を纏う混沌の覇者。
食物連鎖の頂点に立つ存在。
「……やはり変わらないのか、あいつは」
視線の先には、とある学校。
昨夜、勇者の仲間と共にいた少年――優一。
初めて目にした時、確かに感じた。
同じ何かを背負う者の気配を。
「そろそろ、動くか」
魔王は不敵に笑った。
※
帰宅した優一は、必要以上に周囲を警戒しながら歩いていた。
夕方前でシビトはいない。それでも、魔王の存在を知ってしまった以上、安全な場所などない。
張り詰めた緊張は、家に着いた瞬間に一気に崩れ落ちた。
「あ、お帰りなさい。優一さん」
魔法使い姿のリルが出迎える。
優一は軽く返事をし、部屋に戻った。
中ではジルがコントローラーを握り、テレビを凝視している。床にはもう一つ。
――緊張感、皆無。
ため息を飲み込み、ネクタイを緩める。
「今日は何もありませんでしたか?」
「ああ。何とかな」
「明日から俺たちも学校に行く。ダラク様の指示で、全力でお前を守る」
「……おお?」
渋く、落ち着いたダンディボイス。
この部屋にいるのは三人だけだ。
優一が視線を向けた先――ジル。
だが口は一切動いていない。
「やっぱり! 言語魔法を解除してなかったんですよ!」
リルが嬉しそうに言う。
「俺の不手際だな」
声は、ジルの腰に巻かれた盾から聞こえていた。
「……は?」
「俺の本体は盾だが?」
「マジ?」
「マジです!」
リルは盾を置き、次の瞬間、人型のジルを殴り始めた。
「ほら! 本体は盾です!」
「やめろ! 分かったから!」
優一は、現実を否定するのをやめた。
悟りの境地に至っていた。
「しかし、巻き込んだことは謝罪する」
盾が淡々と語る。
「魔王、シビト、魔女……事態は最悪だ。だからこそ成長が必要だ」
――めちゃくちゃまともじゃねえか。
優一は頭を抱えそうになった。
「優一はどう思う?」
「……早めに動くべきだな。魔王は放置できない」
「同感だ」
ジルはそう言って、優一の弁当箱を洗い始めた。
異常は、すでに日常の顔をしてそこにあった。




