静寂の中で、歯車は回り出す
静かな空間に、秒針の音だけが刻まれていく。
優一は壁時計を横目に見た。日付は、つい今しがた変わったばかりだ。
眠気はある。だが、いつ電話が鳴るか分からない以上、眠るわけにはいかなかった。
隣ではジルが目を閉じ、来るべき時を待つかのように、どっしりと腰を据えている。その姿がやけに頼もしく、優一の瞳に映った。
一方、夕方にあらゆる意味で完敗し、灰になったリルは、四時間以上トイレに籠城中だった。
何度ノックしても反応はなく、仕方なく用足しは近所のコンビニで済ませたほどだ。
とはいえ、優一は現状に立ち止まるほど愚かではない。
リルのメンタルケアも急務だが、それ以上に問題なのは、非日常という名の糸が絡まり合い、もはや解けなくなりつつある現実だった。
何度も日常への帰還を諦めかけた。
それでも――平穏な日々を取り戻すその瞬間まで、諦めてはいけない。
優一はそう、改めて心に誓う。
まずは整理だ。
今、自分の身の回りで起きている非日常を、すべて洗い出す。
元凶は、勇者ダラクたち。
彼らと出会ったことこそが、日常崩壊の序章であり、終わりの始まりだった。
次に、隣の席の住人――リルが異世界人であるという事実。
知らなければ、何事もない高校生活を送れていたはずなのに、それは叶わなかった。
直接的な被害は少なかった。
だが月野の正体を知り、命を落としかけ、今も安心して眠れない。
一歩間違えれば殺される。そんな、本来味わうはずのない日常の只中に、優一はいる。
すべてを解決し、元の生活に戻るのは骨が折れる。
だが、不可能ではない。
・ダラクたちを元の世界へ帰す方法
ダラク自身の帰還の意思、あるいは勇者としての自覚と覚醒。
不確定要素は多いが、共に生活していれば何かしらの兆しは掴めるはずだ。
部活も設立した。今後の行動次第で、事態が動く可能性は十分にある。
・月野――吹雪から解放される方法
命を落とされないよう立ち回りつつ、因縁の相手である一つ眼のシビトを倒すこと。
正直、こちらは難易度が高い。
なぜなら、この問題は優一の行動だけでは解決できないからだ。
一つ眼の存在。
両親を殺した仇。
月野にとって、必ず討たねばならない相手だ。
優一は、月野を応援している。
だからこそ、この件の主導権は月野にある。
――それでも。
一秒でも早くすべてを終わらせたい優一が、何もせず待つはずがなかった。
自分にできることは、セッティングだ。
月野の話がすべて正しいと仮定する。
シビトは魔力に引き寄せられ、魔力が高いほど強力な個体が現れる。
月野一人では、いくら強くても一つ眼は現れていない。
ならば、リルを加えた二人が本気で動けば、出現確率は上がるのではないか。
だが、問題がある。
リルが、相手にされていない。
弱すぎて、数に入っていない。
それでは意味がない。
「そうだ……!」
優一は、忘れかけていた概念を思い出す。
――王道RPG。
そして、そこに必ず存在する制度。
レベル制。
リルもジルも、RPGの登場人物だ。
そして彼女たちは、初期の街から出たことがない。
戦闘経験ゼロ。
レベル1。
魔法使いは序盤が弱い。
だが後半、圧倒的な主軸になる。
つまり――大器晩成。
リルは、伸び代の塊だ。
その瞬間、テーブルに置いたスマホが鳴った。
プルルルル。プルルルル。
『月野』
優一は一瞬、息を止めた。
「あ、起きてた。今から駅前に来て――」
通話は一方的に切れる。
風を切る音が聞こえた。月野も向かっているのだろう。
「……行くか。ジル」
「オォ?」
「駅前だ。今からリルを叩き起こす」
優一はトイレの前に立つ。
「おい、リル。行くぞ。月野から連絡だ」
「ブツブツブツ……」
扉の向こうから、お経のような独り言。
「今のままだと、何も進まない」
「ははは……わたしはスライムです……」
重症だ。
「リル。今のお前が月野より弱いのは事実だ」
「うぅ……」
「だがな、魔法使いは後半が本番だ」
勢いで畳みかける。
「経験が足りないだけだ。シビトを倒せば経験値は溜まる。強くなる。設定どおりになれる!」
根拠はない。
だが、勢いはある。
「……本当ですか?」
「本当だ(多分)」
ガチャ。
「頑張ります!」
ちょろい。
「行こう。月野に見せつけてやる」
「はい!」
「オォォ!」
※
扉が閉まる音。
同時に、夢の世界から覚める勇者ダラク。
理由もなく、嫌な予感がした。
「……何か起きるな」
そう呟き、棺を出る。
「さて、やるか」
そして優一の特上プリンを盗み食いし、二度寝した。
※




