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勇者は棺で眠り、魔女は現実を叩きつける

何の変哲もない、つまらないとも言えるリビングに優一は居た。

 本来ならここは家族団らんの場だ。しかし今は違う。

 一言で言うなら――異常空間。


 普段は和気あいあいとしているはずの空気は、今や身体を押し潰すほど重い。

 原因は明白だ。そこに集っている人物たちが、あまりにも異常だった。


 床に正座する一般人・優一。

 その正面、ソファにどっしりと腰を下ろす勇者の盾を名乗る謎の男・ジル。

 さらにその背後、警戒心を剥き出しにして特定の人物を睨みつける魔法使い・リル。

 そして――優一の右手側、壁に背を預け、瞳を閉じて佇む魔女・月野。


 盾、魔法使い、魔女、そして一般人。

 場違いなのは誰か――考えるまでもない。


 時間が経つにつれ、空気は見えない何かに汚染されていく。

 誰も口を開かない。開けるはずがない。


 昨日、命を狙われた側と、狙った側。

 しかもその舞台は、互いの“本拠地”だ。

 詳しく話すと言った張本人ですら、簡単に口を開ける空気ではなかった。


 ――なら、沈黙を破る役は決まっている。


「えっと……とにかく、状況をまとめないか」


 優一はパン、と手を叩き、無理やり笑顔を作って声を張る。


「シャーーー!!」


 即座に、リルが猫のように威嚇した。


「何でそんな女を連れてきたんですか!」


「ま、まあ落ち着けって……」


「無理です! 無理無理無理! すぐ人を殺そうとする女なんて無理です!」


「あら。嫉妬かしら、弱い魔法使いさん」


「な、なんですって!?」


「少し口が過ぎたわね。でも、まさかあの一撃だけで学校に来られなくなるなんて。どんな育ち方したら、そんなに弱く育つの?」


 クスクスと、月野は悪意を隠さず笑う。

 平穏な日常を壊された怒りが、言葉の端々に滲んでいた。


「やりますか? 魔女さん」


「ええ。いいわ。やる?」


 見栄を張るリルの足は、魔力切れで震えている。

 一方の月野は、怒りを内側で静かに燃やしていた。


 その瞬間――


「オォォォォォ!!!!!」


 怒号が空気を引き裂いた。

 立ち上がったのは、沈黙を守っていたジルだった。


 想定外の行動に、二人は揃って呆気に取られる。

 何事もなかったかのようにジルは座り直し、優一へ視線を向けた。


 ――今だ。


「あっ……じゃあ、まとめよう。まずは俺たちの話からだな」


 優一は状況に至るまでを簡潔に説明した。

 拾ったゲーム、異世界から来た二人、居候に至った経緯。

 追い出したい本音だけは、胸にしまったまま。


「で、そのゲームは?」


「……これ」


 優一は奥に封印していたゴミゲーを差し出す。


「起動してみましょう」


 月野の提案でディスクを起動するが、操作は利かない。


「そのディスク、通路みたいなものです。下手をすれば魔王が来ます」


「でも、このままじゃ帰れないだろ」


「まあ、その時は何とかします。今はこの世界が好きなので」


 呑気すぎる言葉に、優一は頭を抱えそうになる。


「で、月野。次は――」


「待って」


 月野が遮る。


「勇者の仲間ってことは、その勇者は?」


 その瞬間、優一の顔が引きつった。

 対照的に、リルの表情は輝く。


「ふふふ……特別にお会いさせてあげましょう!」


 リルはスキップするように優一の部屋へ向かう。

 襖を開けた先は、棺の鎮座する異空間。


「ダラク様。来客です」


 返事は紙一枚。


『寝る。去れ』


「満腹で睡眠中だそうです」


「……は?」


 月野の理解が追いつかない。


「固定概念は捨てた方がいい。多分、子供の方が役に立つ」


 優一は、ダラクの日常を淡々と語った。


 リルは心酔したまま言い切る。


「きっと、全てに意味があるのです!」


 月野は察したようにため息をついた。


「あんたも苦労してるのね」


「……まあ」


 そして、話は本題へ戻る。


「で、わたしの話?」


「頼む。目的を知りたい」


 沈黙の後、月野は語り始めた。


「わたしは、別の世界の魔女だった。家族と平和に暮らしてた。でも――シビトに全て壊された」


 唯一生き残り、この世界へ逃げたこと。

 追ってくる敵。

 一つ眼のシビトへの復讐。


「だから、それまで手伝ってほしい」


 優一は頷く。


 そこでリルが手を挙げた。


「魔力に反応するなら、何故わたしには来なかったんですか?」


 月野は鼻で笑う。


「簡単よ」


 そして、はっきり告げた。


「あんたが弱すぎるの」


「なっ――!」


「あなたたちが戦ったのは、スライム。雑魚よ」


 現実を叩きつけられ、リルの心は崩壊した。


「あれが必殺魔法? 初歩よ」


 完全な止め。


 リルは灰となって崩れ落ちた。


「じゃあ、連絡先。シビトが出たら呼ぶから。出なかったら殺す」


 そう言い残し、月野は去る。


 残された優一は、白く燃え尽きたリルを見て、深いため息をついた。

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