制御係という名の命乞い
優一は浮かない顔をしていた。
気づけば、ため息をつく癖が戻っている。幸せは逃げ放題だ。
頬をつねっても、夢落ちにはならない――そんな展開は、一度も起きたことがない。
教室の自分の席に座る。
妙な緊張感が、身体の内側をじわじわと締めつけた。
「おはよう」
隣の席へ、いつも通り声をかける。
「おはよう」
眠そうな月野は、何も変わらない返事を返してきた。
昨日の“魔女”の影は、どこにもない。
※
「――だから、死んで」
慈悲のない宣告。
月野の杖が、容赦なく振り下ろされる。
「待ってくれ!」
優一は反射的に叫んだ。
その声が、まるでブレーキのように働いたのか、杖は頭部寸前で止まる。
「……一つ、提案がある」
「は?」
月野は眉を歪め、不快そうに睨みつけてくる。
それでも優一は、言葉を止めなかった。
「俺たちも、その“シビト退治”に付き合う」
――何言ってるんだ、俺は!?
「実はこの二人も、別の世界から来てる。しかも結構身分の高い、凄いやつらだ」
必死だった。
考えている暇などない。ただ、口が先に動く。
「深い事情は聞かない。人手不足なら手伝わせてくれ。こいつらは好きにコキ使っていい。俺たちの情報は全部話す。秘密は守る。もし破ったら……殺してもいい」
命乞いにしては、あまりにも必死で、あまりにも無様だった。
「……何が、出来るの」
「こいつは魔法を使える。さっき見ただろ? やればできる子だ。絶対役に立つ」
「じゃあ、そいつは?」
「えっと……言語は意味不明だけど、めちゃくちゃ頼もしい。防御面は――そう、ダイヤモンド。ダイヤモンド君だ」
「……で?」
月野の視線が、優一に向く。
「日向は?」
「え、俺?」
思考が、完全に止まった。
「じゃ、バイバイ」
「待て待て待て!!」
優一は叫ぶ。
「俺は……制御係だ!」
「制御係?」
「こいつら、時々致命的にバカになるんだ! だからそれを止める! 生かしといて損はない! 多分! あはははは!!」
笑うしかなかった。
背中には嫌な汗がびっしり張りついている。
「……んー」
月野は顎に手を当て、少し考え込む。
「まあ、邪魔さえしなければ……手伝いも悪くないかもね」
そして、淡々と告げた。
「いいわ。様子見で生かしてあげる。その代わり、情報は全部吐いてもらう。他言したら――」
にっこりと、笑う。
「知った人間ごと、殺すから」
「……はい」
「じゃあ帰るわ。詳しい話は明日ね」
月野は、何事もなかったかのように屋上を後にした。
残された優一は、膝が笑ってその場に座り込む。
リルは悔しそうに地面に顔を伏せ、ジルは静かに二人のそばに寄り添った。
――もう、取り返しはつかない。
それからは地獄だった。
魔力を使い切ったリルをおぶって帰宅し、今日の出来事はダラクには伏せる。
その代わり、リルは盛大に駄々をこねた。
同じ魔法使いに敗北し、さらに“手伝う”“コキ使っていい”という言葉。
リルのプライドが耐えられるはずもない。
結局、もう一日休ませることにした。ジルも付き添いだ。
あの堕落男は、最初から戦力に数えていない。
※
翌日。
優一は緊張で身体を固めながら挨拶するが、月野は昨日など存在しなかったかのように眠そうだった。
「ねえ、放課後暇?」
「……え?」
「あんたの家、行っていい?」
「え!?」
「昨日の話、学校でしたくないの」
「……う、うん」
「じゃあ決まりね」
あまりにも“普通”な月野に、優一は戸惑うしかなかった。
※
「本当に、殺すつもりだった?」
「ええ」
即答だった。
「正体、バレたくなかったから」
嘘はない。
それが余計に、優一の胸を重くした。
「……ここだよ」
そうして二人は、優一の家に着く。
玄関には、空になった豪華な寿司桶が置かれていた。
だが優一は、それに気づかないまま扉を開けた。




