屋上の魔女――灰色の告白
屋上に着いた。
この学校は、常に屋上へ出られる構造になっている。空すら囲い込む高い柵が設けられ、最悪の事態を防ぐための“鳥かご”のような場所だ。
その屋上で、優一たちは一つの背中を見つけた。
柵に手をかけ、どこか遠くの世界を眺める少女。
月野は、ひどく寂しそうな背中をしていた。
「……来たのね」
振り返らずに告げられた声は、今まで聞いたことのないものだった。
冷たく、張りつめ、わずかに棘を含んだ声音。
「月野、説明を――」
「もういいわ」
言葉を遮るように、月野は淡々と続ける。
「一度生まれた疑念は消えない。グレーはグレー。白には戻らない。だから――」
月野が、ゆっくりと手を伸ばした。
何もない空間から“それ”は現れた。
荘厳な装飾が施された杖。リルのものとは比べ物にならないほど、格の違う魔力を纏っている。
「……死んで」
その一言と同時に、灰色の胞子が空間を埋め尽くした。
「っ!」
リルが即座に詠唱を始めるが、まるで歯が立たない。
優一はジルに引き寄せられ、その背後に庇われる。
空を仰ぐと、紫色のバリアが屋上全体を包み込んでいた。
「昨日の……」
リルが呟く。
空間分離魔法。リル以外が知らないはずの高位魔法。
――間違いない。月野は、一般人じゃない。
「おい、月野! どういうことだよ、これは!」
「消えなさい!」
氷のような声と共に、炎の魔法が放たれる。
教室で見せていた月野の姿は、そこにはない。
「操られてるのか!? 魔王に――」
「違いますッ!」
リルが叫び、氷魔法で炎を相殺しようとする。しかし力負けし、吹き飛ばされた。
「彼女は……自分の意思で動いてます」
「じゃあ、何者なんだよ!」
「……判りません。あなたは、何者なんですか!」
「ここでバイバイなんだから、どうでもいいでしょ」
月野は手のひらに小さな竜巻を生み出し、息を吹きかけた。
それは羽化した鳥のように空へ舞い、瞬く間に巨大な竜巻へと成長する。
「うわあああああ!?」
身体が浮く。
圧倒的な暴風の中でも、ジルは地面を踏みしめ、優一の手を離さなかった。
「……なら、わたしも全てを解き放ちます」
リルが覚悟を決め、長い詠唱を始める。
冷気が空間を支配し、空気が凍りついていく。
「――凍て、止まれ!」
一瞬で、竜巻は氷に閉じ込められ、時を止めた。
「……ほう」
月野は感心したように呟いた。
静寂が戻る。
優一はジルに受け止められ、無傷だった。
だが、リルは全魔力を解放した反動で地面に倒れ伏し、震えながら立ち上がろうとしている。
月野が杖を突き、ゆっくりと近づいてくる。
ジルが立ち上がった瞬間、月野が指を鳴らした。
ジルの身体が、その場で完全に停止する。
「……何で、こうなっちゃったのかしら」
風に揺れる髪を押さえ、月野は寂しそうに呟いた。
「月野……頼む。教えてくれよ」
震える声で問うと、月野は大きくため息をつく。
「仕方ないわね。どうせ、お別れだもの」
鋭い視線が、倒れているリルへ向けられる。
「わたしは“魔女”。この世界とは別の世界の存在よ」
「……魔女?」
「昨日あんたたちを襲ったのは“シビト”。わたしを狙う敵。夜な夜な現れるから、眠いの。前の学校も、その前も……バレそうになったら、すぐに転校してた」
そして、静かに続ける。
「でも、あんたは干渉してこなかった。上手くやれると思ってたのに……」
最後の言葉に、明確な怒りが滲んだ。
その視線は、リルへ向いている。
「……そうだったのか」
理解できたはずなのに、優一の心は現実を拒絶していた。
平穏な日常に染まりすぎていたのだ。
「だから――死んで」
慈悲はなかった。
月野は杖を振り下ろす。
※
世界は、崩壊へと向かいかけていた。
だが、勇者が去ったことで、ひとまず歯止めがかかる。
予定より早く部屋を後にしながら、彼は呟く。
「待っていろ、勇者。我から逃れられると思うな」
――魔王は、不敵に笑っていた。




