公正部、発足――そして世界が燃えた日
「名前、名前!」
「オォ! オォーーー!」
ジルがゴリラのように胸を叩く。
ちなみに彼が普段チャンピオンベルトの如く装着している盾は、今は腹巻のように制服の下に仕込まれていた。
「その名前はさすがに無いですよ。アハハ」
ゴリラ語をなぜか理解しているリルは、適当にあしらっているわけではなさそうだ。
一連の流れを眺めながら、優一はいずれ詳しく聞こうと心のメモに書き留めた。
「あ、分かりました。ダラク様アイラ部はどうですか」
「却下」
「えー……では、勇者としての自覚を持たせる、という意味で。この世界の言葉を借りて――
勇者様公正部はどうでしょう!」
どこぞのラノベだな、と優一は心の中で即ツッコミを入れる。
だが同時に、部活名なんてどうでもいいことにも気づいた。
「こうしよう」
優一は『勇者様公正部』の上部を消しゴムで力いっぱい消す。
二人の不満の声は聞こえなかったことにした。
「これでどうだ」
紙には、簡潔にこう書かれている。
『公正部』
「……うーん。納得しないですが。全然納得してませんが。不満はありますが……
まあ、違和感はないので……良いでしょう。認めたくないですが、認めます」
遠回しのようでいて、ド直球な文句だった。
頬を膨らませてぶつぶつ言うリルを、優一はあえて無視する。
「じゃあ決まりだ。活動は明日から。とりあえず提出しに行こう」
三人は教室を後にした。
向かった先は職員室。
担任に部活設立書を提出し、活動内容を聞かれる。
――公正部。
困っている生徒を助ける部活。
どこかの設定を丸ごと拝借しつつ、優一が無難に説明する。
リルたちに喋らせたら確実にボロが出るからだ。
「上に申請してみる。まあ、この学校は結構ゆるいから通ると思うぞ。詳しくは明日な」
残念ながら、部活設立は叶ってしまいそうだった。
もう行くところまで行け。
半ば自暴自棄になりつつも、優一の理性は二つの柱でかろうじて保たれていた。
――自分から口にしたこと。
――平穏な日常に、一歩近づいたこと。
学校を後にし、徒歩十五分の帰路を三人で歩く。
「……なんだか、今日暗くなるの早くないですか」
「言われてみれば」
空を仰ぐ。
夏に向かうこの時期にしては異様だった。太陽はなく、月もない。
まだ六時前だというのに、空は作られた夜のように暗い。
冷たい風が優一を撫で、胸がざわつく。
日常が壊れた、あの時と同じ感覚。
「――!?」
突如、大地が揺れた。
「なんだ、あれ……」
揺れの直後、禍々しい紫色の何かが周囲を囲んでいく。
「下がってください!」
リルが前に出る。
見たこともない真剣な表情で、ジルと共に理解不能な言葉を詠唱する。
直後、三人は柔らかな光に包まれた。
「これは……」
「保護魔法です。嫌な予感がします」
「まさか、魔王か!?」
「違います。この殺気は、魔王のものではありません」
リルが息を呑む。
「わたしたちも知らない存在です。この紫のバリア……空間分離の魔法だと思います」
その言葉を遮ったのは、灼熱の風だった。
皮膚が悲鳴を上げる。
ジルが即座に盾となり、三人を守る。
そして優一は、それを見た。
――竜巻。
すべてを破壊する風の暴君。
しかもそれは、紅蓮の色に燃えていた。
「……やばいだろ、これ」
避難しようとした瞬間。
「きゃっ!」
ジルがリルの腕を掴み、優一へと投げる。
直後、先程まで優一が立っていた場所に何かが降り立ち、爆音が響いた。
「何者ですか」
地面に立つ、影のような人型。
「コロス。スベテ。コロス」
感情のない声。
リルは即座に判断し、魔法を解き放つ。
氷の星が無数に現れ、影人へと襲いかかる。
空中戦。
激しい攻防。
やがて、影人の動きが鈍る。
「終わりです!!!」
一撃で、時が止まった。
「終わった……?」
安堵した瞬間、地面から次々と影人が現れる。
囲まれた。
多勢に無勢。
優一でも分かる。勝ち目がない。
その時。
一瞬で、影人たちは消え去った。
「……え?」
静寂。
「あれを見てください!」
リルが指差した先。
建物の上、満月の下に立つ一人の人影。
杖を持つその人物は、三人の無事を確認すると、何も言わず去っていった。
「あの方は……もしかして――」
リルの呟きだけが、夜に残った。




