聖女と対面
放課後。
オーガスタは僕の机の前に立って、被っていた帽子をとった。
今度こそ見間違えではない。帽子の下にはホンモノの角があった。
「……僕以外の周りのヤツには見えてないみたいだね」キョロキョロと教室を観察したが、オーガスタの異様な格好を気にとめるものはいない。
数人の女子が早速オーガスタと仲良くなったようで手を振って1日の別れの挨拶をしていったが、角には全員触れなかった。
「ライくん。君はあの女子生徒たちに手を出したいって思う口かい? 法律が邪魔しなければさ」オーガスタは楽しそうにきいた。
「どうだろう、最初から犯罪者にはならないよう気をつけて生きてきたから、1日2日で判断のつくことじゃあないよ。それに君は"聖女"をくれるって言うが、別にまだ100%信じてるわけじゃない。なんたって自称魔王でしょ? 魔法の異世界はまギリ納得するとして、それ以上は分からないな」
「ふーん?」オーガスタはこのとき恐ろしいことを考えていたのだが、僕は気づいていなかった。オーガスタは魔王として、後にそれを実行する。「ま、いいけど。じゃあ、私のことは追い返す? 君んちに上がろうとしてるんだけど」
「いや、プライバシー筒抜け出し、そんなことしたら僕がどんな目に遭うことか。それに、本当に同じ趣味なら、とても嬉しい限りだ」
僕は、ある懸念を声には出さなかった。オーガスタに悟られたくなかった。
彼女は「フィギュアやラブドールを嬲る僕」を見て聖女をあげることに決めたらしいのだが、僕自身は本当に「僕が生身の人間相手に快楽を見出す」のか分からないでいた。なんたって社会通念上悪であることは明らかだったので、気にしないよう務めていたのだ。
「まあ、とにかく帰ろう。オーガスタは途中で一旦別れて、聖女を連れて家に来る感じ?」
「ん? いやもう君ん家に置いてきたぞ! 手際の良さを褒めたたえよ!」
……僕のプライバシーを返して欲しい。あと、今後わずかばかりあった社会常識がどんどん壊れて行く未来が見えていて怖い。「……じゃあ、家の場所しってるだろうけど、『着いて来て』」
オーガスタは帰路で異世界の愉悦や征服生活を嬉々として語ってきた。彼女はもちろん「魔族の王」という立場なので、魔族の視点に立てば実際優秀な王だったのだろうということが伺えた。
「別段、人間と仲違いするつもりはなかったんだけどね」オーガスタは自分の服のボタンを開いて見せてきた。「基本的には人間と似たつくりでしょ? ん、目を背けなくていいぞ。君の性格的に生の女体なんてこれから見れる機会ないだろうから、存分に眺めるといい。あ、聖女の裸体は見るか。
とにかく、人間と魔族の争いには手を焼いたが、別に魔族全部が私の管轄じゃないのに、バンパイヤやらダークエルフやらの悪事も私のせいにして『魔王討伐だー』って言うから困ったものでしょ? それに死体を動かして労働力にすれば生きてる人間は休息が得られるのに、それをしたら人間たちは毎回激高するんだよねー」
オーガスタの話を聞いている内に家についた。「もう部屋に聖女がいるらしい」ということを思い出して、頭を抱えた。
玄関からリビングに入ったが、家族とも仕事で不在だ。そそくさと2階の自室に上がる。
「……」いつもの自分の部屋なのに、ドアノブを動かす手が緊張で震えている。
「……ただいまあ」消え入りそうな声をあげて部屋に入った。
中央に見慣れない、白い箱が置かれていた。
「私が開ける? 君が開ける?」オーガスタは早くプレゼントの包装を開けたい子供のようにソワソワした。
「あ、じゃあ、オーガスタ、頼むよ」
僕が言い終わる前にオーガスタは鍵を取り出して、箱の錠前に差し込んだ。
ガチャンと、開く音がした。
「じゃーん。こちら私の宿敵の聖女です! どう? 興奮する?」
「うわあ、すごい!」僕は感嘆の声をあげた。
あげたように、オーガスタに見せた。
聖女はロープで緊縛されていた。右目には宝石のようなものが埋まっていた。左目は目隠しされている。
猿轡をつけられ、喋れない。しかし、舌を取られ発声もできないらしいので、猿轡はただオーガスタの趣味でつけられているのだろう。
当然、といった具合で、四肢は欠損していた。4本とも根元からなかった。
「目隠しは外そう」オーガスタは聖女の目を見えるようにしたが、聖女の焦点は定まっていない。視力も、取られていた。
「一旦聖女にライくんのこと認知してほしいから、右目を返してあげよう」オーガスタはそう言ってわざわざ僕の前に出て、授業中と同じ仕草で眼球を引き抜いた。人に行為を見せるのがオーガスタの癖らしい。
「そんな簡単に移植できるんだ?」僕は確認した。
「うん、見てて」オーガスタは聖女の右目から宝石を取り出し、眼球をはめ込んだ。
聖女は2、3瞬きをすると、こちらを認知したらしく、僕のことをじっと見た。
「どう、楽しめそう?」オーガスタは残った左目で僕を見た。
「……うん。正直意思疎通ができない状態で四肢欠損状態だと、ロボット型のラブドールと区別がつかないんじゃないかと思ったけど、この聖女は、ちゃんと意志があるというか、存在感を覚える」
僕は、じっと聖女を見つめ返した。
「うんうん、そうだとも。ラブドールよりも『相手して楽しい』ぞ!」オーガスタは鍵を僕に投げた。「しばらく管理もライくんに任せよう……私は聖女の世話をサボれる。キミは聖女を使って欲望を満たせる。Win-Winってやつだ」
うんうん、と頷いて、オーガスタは指パッチンをすると、霧状になって消えていった。最後に「また明日学校でねー」と添えて。
しかし、その言葉を信じるのは危険だ。今までも彼女は僕のプライベートを覗いていたし、彼女は「性癖や面白いこと・愉悦」を見せびらかしたいし、他者の行為もみたい性格なのだ。
だから、僕は聖女を寄り出して抱いた。
「うーん、いざ生身の肉体を渡されても困るな」といって、初日は観察して楽しんでる「フリ」をした。
フリ、そう、フリだよ。
正直、聖女を前にして僕は自分の性癖に関して確信した。
「(生身の人間を嬲る癖、自分にはなかった)」気づいた。じゃあどうしよう。率直にオーガスタにそのことをいう? 怖すぎる。殺されるかもしれないし、聖女を二度と僕が関われないところに置いてしまうかもしれない。
僕は、聖女のパーツを取り戻して、五体満足の聖女を見てみたいと思った。
「(この感情は表に出してない。オーガスタには気づかれてない)」と思っていた。
翌日、オーガスタはとびきりの笑顔で僕にノートを貸してきた。ノートには僕の隠れた本心が見抜かれていたことが書かれていた。
「彼女、――聖女――、を元に戻してあげるってことは、私が『助けてあげた』人間達を元の病める状態にして奪うことになるけど、キミは聖女を優先するのかい? それも一興、面白いと思う。というより、能動的に部位を奪う行為をする分そっちの方がキミの癖に合うかも?」
僕は目を見開いてオーガスタに顔を向けると、彼女は指ハートを作って右目の下に持ってきてポーズを決めた。今日は右目には眼帯をしていた。
「キミ、魔王っていうか、悪魔っていうか……勇者にあったことはないけど、討伐したくなる気持ち、よーくわかったよ」
「褒めても褒美は今持ち合わせてないぞ」オーガスタはニカッと笑った。
でも、きっと僕は聖女のパーツを奪うことに愉悦を感じ初めるんだろうなという予感が、既にあった。
昨日、「生身の人間を嬲る癖なかった」と言ったが、正確ではなかった。
「ちゃんと存在してる部位を能動的に奪うことに楽しさがあるんだ。そこに、フィギュアか人形か、生身かの違いはない」ああ、結局、僕は道を踏み外した異常者になる。
今日の午後から、早速聖女のパーツ集めの日々がはじまる。




