第5話:誰だ
「数十年前、AIの進化により情報流出、悪用が頻繁に起こり、それこそAIの反乱のような大事件が起きた。そのため世界はAIの撲滅に努め、機密情報は必ず手書きの文書に残すように義務付けられている。時代は進んだが文明レベルは平成2000年初期と同じだ。しかもその事件のせいで人が造った物に嫌悪感を抱く〝テクノフォビア〟まで増えたそうだ」
「歴史の授業か? 誰だって知ってるAIの暴走じゃないか。しかも電子化に完全移行されてて、映画や漫画なんかの管理は全部AIが行ってたせいで跡形もなく消滅。DVDを発掘したら物によっては10億円で売れるんだからトレジャーハンターの方が公務員より夢があるわな」
「まあ、聞け。テクノフォビア、科学技術恐怖症なわけだが。電気や車、あらゆるものを遠ざける生活を極めた場合、原始的な生き方になる。極論、原始時代に崇めていたものって貴様は何だと思う?」
「先祖の魂だとか、……自然かな」
「そうだ。2225年だというのに火を信仰する集団が現れた、入信する際には自分の身体に他人が見える位置に火傷の痕を付けるそうだ。そいつ等はまた文明レベルを進めようとしている奴等を標的に放火などを繰り返している」
「……あの消防団もそうだって言うのか?」
「考えてもみろ。消防団に火傷があっても誰も疑問視しない」
猿彦の説明を聞いて確かに、と納得する鬼灯。
しかしそんな前情報を持っていたのなら消防団が怪しいと思えて当然だ。
むしろ前情報なしで奴らが黒だと結論付けた自分の方が優秀なのではないか、と。
猿彦は利き手の人差し指を自分の口元に持って行き「黙ってろ」とひと言。
どうやらボスに報告の電話をするらしい。
なんて真面目な奴だと苦笑いを浮かべた。
「俺は先に行ってるぜ」
「おい! ————待て。勝手に行動するな!!」
車の扉を閉め、消防団の拠点に走る。
「そもそも俺はな、異常者って奴が目を見ただけで分かるのさ。あのピエロと同じ、腹黒いものをここのクソ野郎共にも感じた。だから問答無用に処刑する、それだけのことさ」
●
猿彦が急いで澄田に報告し、拳銃を片手に消防団拠点の扉を蹴破る。
—————……しかし、もう遅かった。
地獄絵図、まさにそんな光景だった。
相手も異様な形の巨大バーナーで対抗したようだが、腕を、足を切り落とされた者。首を固定され今にも落されようとしている者。死者は今のところ出てはいないようだが、悲痛な叫びが響く。
バーナーから噴射された火が建物に燃え移り、柱が崩れていく。
「……バカナス。貴様、……いったい、なにをしている?」
「お仕事」
はっきりと、迷いもなくそう言った。
当然の行いだと信じているように。
ひとりさえ生きていれば話を聞けると考えているのか、ふたりが来た際に代表として話した男だけを引きずって外に出そうとしている鬼灯。
「ぼーと立っていないで、お前も手伝ってくれ」
猿彦は思う、コイツは誰だ。
鬼灯 健という男は、ギロチンという加害アビリティのレッテルを張られながらも地道に努力し警察官になり、絶対に巡査止まりと言われていたが信用を勝ち得て一階級だが上がった。
たった一階級だが、それは奇跡の出来事だった。
奇跡の要因は鬼灯 健という男の人柄にあったのだと思う。
いつも笑顔を忘れず、他人を想い、容疑者であろうと親身になって向き合っていた。
かつての猿彦はそれが鬱陶しくてならなかったが、そういう人間が世の中にはいるのだと思うとなぜだかほっとした。
だから心の底で問う。
〝コイツは誰だ〟。
「なんのつもりだ。猿彦」
思わず拳銃を鬼灯に向けていた。
血と火と煙の中心に立つこの男が、鬼や悪魔の類に思えて仕方がなかったから。
「刑務所に十年もいれば性根は曲がると思っていたが、どうやら憑き物だったらしい」
「こいつ等は放火魔なんだろ? だったら放火は死罪だ」
「俺達は警察官だ。どんな悪党だろうと法が悪と定めるまでは人としての権利があると認めなければならない。俺達は神ではない、善悪の天秤を勝手に定め、罰を下すのは間違っている」
これはかつて、猿彦の好敵手だった警察官の言葉だ。
自分が道を踏み外しそうになった時、正義の側に押し留めてくれた言葉だった。
しかし目の前の男は失笑する。
「生かしておけない怪物だっているんだ」
—————かつては鬼灯 健という、警察官がいた。




