第4話:罪の消防団
貧困街には消防署は用意されておらず、ボランティアで集まった消防団員が火災の際に消火を行う。
きちんと機材が揃っているわけでもなく、軽トラ数台にタンクが積んである程度。
拠点だって公民館も兼ねているような場所だ。
やはり我らが血税は民衆には使われず、富裕層地帯や政治家の懐に回っているのではないだろうかと疑ってしまう。
こんな貧相な機材で発火のアビリティたちの火災を食い止めているのだから、驚きでしかない。
——いや、むしろもっと消防車やちゃんとした人材が揃っていればアンソニーの事件だってあんなにも炎が他の家に燃え移ることはなかったのかもしれない。
「どうやら俺達の考えすぎだったようだな」
鬼灯がため息と煙草の煙まじりにそう呟く。
発火のアビリティが自分が起こした火災によって命を落としたのだって、単純に助けるための力が足りなかっただけなのではないだろうか。富裕層地帯ならばどうにかなっていた、それだけの話なのかもしれない。
「バカナス。綺麗な花には棘がある。見た目だけで本質なんてものは分かるわけがない。早く行くぞ。話を聞くために団員には集まってもらっている」
「この一本を吸い終わってからな。——な!? このっ、なにしやがるテメェ!!」
助手席から腰をあげない鬼灯を見かねて猿彦は口に咥えている煙草を取り上げて、飲みかけの珈琲缶に入れる。火の消えるじゅっという音で鬼灯の心臓は跳ね上がる。
出所時にもらった作業報奨金30万円からの出費である。
殴りかかろうとしたが顔面を平手で押し出され、車の中に戻される。
「貴様はチンピラではなくアビリティ対策課の一員になったはずだ。それらしい態度で捜査に臨め。……そもそも、昔は煙草を嫌っていたじゃないか」
「シャバの空気が綺麗すぎて落ち着かないんだよ」
子供を説教する親のような図。
猿彦に限っては昔、肩を並べて競った相手が落ちぶれていて落胆しているのだろう。
暑苦しい程に根が真面目な熱血刑事な鬼灯、対してデータに基づき広い視野を持って捜査に取り組む猿彦。顔を合わせれば喧嘩ばかりではあったが、事件の最後には同じ犯人を追っていた。
そんな相手が今やどうだ、刑務所にぶち込んだ数多くの犯罪者と同じような顔をしている。自分はもう救われる価値などないのだと楽観し、自暴自棄で愚かな行為を繰り返す。
言いようのない不快感が猿彦の心でざわめく。
「いいから、行くぞ」
「へいへい、警部補の仰せのままに」
消防団の拠点、という表現より田舎っぽくて古臭い公民館のほうがしっくりくる場所の扉を開けると、——消防団数十人がにこやかにお出迎え。
「どうぞ、いらっしゃいませ」
笑顔。
普通なら好印象なそれが、やけに不気味な代物だった。
貼り付けたと言うか、彫刻の〝それ〟と言うか、とにかく胡散臭い。
「鬼灯」
「ああ、分かってる」
ひとこと、それだけでお互いの意思疎通を済ませる。
ふたりとも腰に備えた拳銃に意識を向ける。いつでも発砲が出来るように。
ひとつ、電話で「話を聞きたいから数人集めてくれ」と言ったが、1時間、それにも満たない数十分でこれだけの団員を集める結束力。
ふたつ、団員全員にどこかしらか見える場所に火傷の痕がある。
みっつ、警察官に笑顔を向けてくるのは大抵、子供か悪人であること。
極論だ。でも結局のところ刑事の勘ってやつはこんなもんだ。
「つまらないものですが」
腰掛けた途端、お饅頭が机に置かれる。
首を振り、「お話を聞いたらすぐに出ていくので」と断る。
「皆さん、火傷の痕があるようですが発火のアビリティはひとりもいないのですね。大きな消防署に所属する者は発火のアビリティがほとんどだと聞きます。耐熱、つまりは炎に対してのアドバンテージがあるんですから」
丁寧な口調で、それでいて毒を含んだ質問をする猿彦。
「はい。ひとりもいません。ここにいる者は皆、能力のない一般人です。そもそもアビリティの方々は自分の死因が能力となり、一番のトラウマと同じとお聞きしました。ならば発火のアビリティの方々に鎮火をさせるのは酷と言えるのではないですか?」
「怖くないのか?」
「怖いですとも。ただアビリティがない数百年前には当然に行われていたことではありませんか」
筋は通っている。実際、炎に恐怖症を持つ発火のアビリティ達に消防署勤務にさせるの精神衛生上いかがなものかという議題が上がることはよくあることだ。
心優しい消防団のみなさま。
「もし発火のアビリティを雇っていれば、救えた命があったかもしれませんよ」
「彼等は神ではない。火に強い肉体を持ったただの人間です。ならば防火服を着てしまえば我々だって同じ存在になれる」
〝真実〟。
「なるほど。そうまでして発火のアビリティ達の精神衛生を守りたいと。お好きなんですね。彼等のことが」
「もちろんですとも」
〝嘘〟。
「よく分かりました。お話をありがとうございます」
「もう、良いのですか?」
「はい。もう十分です」
貼り付けたよな笑顔に見送られて、出ていく。
車に乗り込み、誰にも聞かれていないことを確認する。
「毒の花だったようだな」
「さむいぞ、それ。しかし、まあ、あれだな。——俺が考えてたように奴等は黒だな」




