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第2話:忠誠と正義

 鬼灯はアンソニーを背負う。

 触れば崩れ出してしまいそうなくらいに脆く、微かに死の臭いがした。

 それでも生命の熱が確かに灯っていた。


 復讐心、そんな歪んだ火が彼の生きる理由なのかもしれない。

 鬼灯もそれなりの地獄を見たが、この青年に比べたら幾分かマシに思えてしまう。

 父親からの虐待、母親の無関心、そんな不幸を一緒に耐えてきた妹は何者かに命を奪われてしまったのだから。


「〝あの男〟というのはお前と同じ、発火のアビリティだったのか?」


「たぶん違ぇな。全身に火傷の痕があった。発火のアビリティは耐火性の身体を持って生まれる」


「普通の人間か」


「その言い方だと俺達が化物みてぇ——……いや、実際そうか。どうでもいいけど」


 放火魔。

 大抵は常習的に犯行に及ぶ、アンソニーの自宅を火元として選んだということは発火のアビリティに罪をなすりつけようとしたと考えるべきだろう。

 発火のアビリティが原因の火災事件は少なくない。その中には同一犯の事件が紛れ込んでいるのかもしれない。


 発火のアビリティへの強い恨みか、それと単に自分が犯人だと足をつかせない為の姑息なカモフラージュか。


「……綺麗だ」


 ぽつりとアンソニーの口からこぼれ落ちる。

 地下の階段を上り、焼け残った家から出るとすでに日の出。

 周りの家も焼け落ちているものだから、皮肉にも見晴らしが良かった。


 遠くの富裕層地帯のビルから差し込む陽の光。

 鬼灯からしたら出所してから初めての、アンソニーに限ってはいつぶりなのか憶えてすらいないご来光。


「ご苦労様です。鬼灯さん」


 待ち構えていたのは澄田・フォスター・沙良。

 しかも部下を引き連れて、拳銃をふたりに向けていた。

 その光景よりも、鬼灯は見知った顔がふたつあることに目を丸める。

 中国系の中年男性とアフリカ系の初老男性。


「猿彦、木嶋さん。ふたりも同じアビリティ対策課か」


 巡査部長時代の同僚シューカイ・猿彦と警察学校の恩師モーガン・木嶋である。

 そのふたりも拳銃を鬼灯、——正しくは背負われたアンソニーに向けていた。


「久しぶりだな。バカナス。貴様の噂のせいでアビリティ対策課に入りたい奴がまったくいなかった。そのため僕が配属されたわけだ」


「待ってたぜ、ケンちゃん。おかえり」


「出所祝いにしては随分と荒々しいじゃないですか。……澄田。このガキは無実だ。真犯人が存在する。見逃してやってくれ」


「私は貴方のボスです。命令は受け入れません。〝危険アビリティ、始末されたし。〟」


 意思は変わらず、拳銃の引き金にかけた指が力む。

 鬼灯は逃げ出そうか迷うが、腕首の時計を爆発させられるのは目に見えている。

 額に汗が流れた。


 その焦りを察知したのかアンソニーは自力で背中から降り、鬼灯の前に出る。


「おい!」


「ヘレナは俺の全てだった。それが奪われて、復讐しか人生に残らないならここで死んでもなんにも変わんねぇだろ」


「そんなことはない。お前には復讐する義務がある」


「その後は? 死んだように生きるのなんてごめんだ。おっさんだってこんな死にぞこないを庇わなくていい」


 ガリガリで盾になるには、あまりにも頼りない背中。

 復讐するまで死ぬわけにはいかないと言っていた青年が自己犠牲で命を断とうとしている。

 鬼灯が自分可愛さで逃げるのを躊躇したせいだ。


 ——そのせいでこの青年は死ぬ。

 生きていれば息子も同い歳であったであろう、18歳の青年が。

 そんなのはダメだ。


 アンソニーを押しのけ、再び前に出る。

 撃つならば俺を撃てと言わんばかりに両腕を広げて。

 澄田はその一部始終を見て、ため息を漏らした。


「猿彦さん。お願いします」


「ええ。喜んで」


 なんの躊躇いもなく猿彦は鬼灯に向かって拳銃の引き金を引いた。

 銃声が高々に響く。


 意識が消えていく。

 〝クラウンキラー〟と呼ばれた鬼灯 建の最後である。










 —————目が覚めると知らない天井だった。

 どこかしこも真っ白で、一瞬天国かとも思ったが、自分が天国なんて場所に行けるわけがないと確信しているからここは病院だと結論がついた。

 鬼灯のベット横で椅子に腰かけている澄田が読んでいたゲーテの『ファウスト』を閉じる。


「おはようございます。安心しましたか。あれはただの麻酔銃ですよ」


「……あのガキは」


「そちらもご安心を。上の命令は〝()()()()()()()、始末されたし。〟でしたので。貴方の腕時計に録音された会話と貴方を庇ったことで彼が善良であると証明されました。現在は保護され、療養中です」


「良かった」


「それにしても意外でした。鬼灯さんって熱血刑事だったんですね。もっとシリアルキラー的で悪魔みたいな人だと思ってましたよ」


「変な異名を付けられたが、これでも善良な一般市民だ」


 だいぶやさぐれてしまったけど。

 その回答が気に入ったのか澄田は微笑み、握手を求めてくる。


「ようこそ、アビリティ対策課へ」

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