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札に揺れる胸、器の深さを問う都

伊勢の浜で花粥が湯気を上げるころ、京では奇妙な札が路地に貼られていた。


> 胸深き者こそ 器広し

胸浅き者は 器も貧し




札の端には淡い椿の印。

読み上げた子どもが首をかしげ、奥から出てきた女房が顔をこわばらせて札を剝がす。

それでも翌朝には別の札が倍に増え、都の壁という壁を淡紅に染めていた。


「胸を量る札ですって?」

清光が戻ったのは、そんな騒ぎの真っただ中だった。

焦げ穴を繕った白旗を背負い、折れた木刀の柄に花の種を結び付けている。


平清盛は御所の回廊で札を一握りちぎり取り、苦い顔を向けた。

「伊勢で灰を耕したかと思えば、このざまだ。旗より先に胸を煽るとは」


源義朝は同じ札を灯に透かし、線の細さを見抜く。

「椿の印は旧左大臣家の隠紋。灰から芽は出ても、根はまだ残っていたか」



清光は朱雀門前で粥鍋を据え直した。

今回は椿の花びらを乾かし微塵に挽いて塩に混ぜる。

香は淡く、色はほとんど見えない。

けれど湯に落とせば風が甘くなり、舌に微かな苦みが残る。

胸の大小を煽る文字の苦みを、香で打ち消す狙いだった。


粥が炊き上がり、椀を手にした女房が一口すすぐ。

「やわらかいのに芯がありますわ」

そう笑った途端、道の向こうで札を振りかざす若侍が吠えた。

「胸の浅い粥にだまされるな!」


薪の火が爆ぜるように、野次が飛ぶ。

平家の祐国が刀に手を伸ばし、源氏の高義が額に青筋を浮かべる。

しかし清光は鍋の湯を掬い、札を掲げた侍の前で湯気ごと叩きつけた。


紙が湯を吸い、墨がにじむ。

胸深き者云々の文字が溶け、紙は柔らかく崩れた。

「胸で器を量る札は、湯気で溶ける紙だ」

静かな声に侍は目を瞬き、刀を抜けずに去って行く。



その夜、御所の女房講が密やかに集まり、椿粥の香に包まれながら筆を運んだ。

墨で綴るのは札への返歌。


> 胸に咲く花は 器を問わず

こぼれし香こそ 春の深さ




紙は白旗の布に縫い付けられ、翌朝、朱雀門に掲げられた。

風に揺れる返歌の札を見上げ、都人は初めて声を立てて笑った。

胸を量る文字は湯気で消え、香と歌が空いた器を満たす。


清盛は刀を鞘に納め、

義朝が札の糊跡を指で払う。

「器は紙で作れぬというわけだ」


清光は折れた木刀を立て、焦げ穴の向こうで揺れる椿の札を見つめた。

「灰を耕せば花が咲く。花が咲けば香が立つ。

香が立てば器は胸より深くなる」


そして湯気は、夜へ昇って星になる。

次回予告

胸を量る札が溶けても、

都の陰にはまだ椿の根が残る。


次は「器の価」を金で量る贈賄騒動――

桜粥を越え、椿粥を越え、

清光は粥鍋を抱えたまま朝廷の帳簿へ乗り込む。


胸でも金でもなく、

器と湯気で都を耕す闘いが続く。

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