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伊勢の海路、粥鍋と荒波

春の終わり、伊勢湾に冷たい東風が吹いていた。

年貢米を積んだ舳先は白波を割き、その後ろで平家の軍船と源氏の護送船が並ぶ。


甲板に立つ平清盛は、潮の匂いを深く吸いこんだ。

「今日こそ蔵人頭の面目を立てねばならぬ」


横で舵を握る源義朝が笑う。

「弓より波のほうが手強いぞ。胸の深さは試されるな」


加藤清光は二人の背に折れた木刀を当て、米俵の上に腰を下ろす。

船には粥鍋と井戸水を積んであった。

航海のあいだ、炊きたての粥で士気を保つ――それが彼の役目だ。



午(ひる)の刻、沖から黒い帆が現れた。

三隻。どの船腹にも逆さ梅の紋。

左大臣家残党に雇われた海賊だった。


清盛は檣に上り、声を張った。

「平家船は右舷を守れ! 源氏は左に回れ!」


義朝の号令が重なる。

「矢筒よい! 舳に立て!」


だが、海賊は接舷を避け、舳先から火矢筒を一斉に放った。

矢は海面を滑り、米俵の前で火花を散らす。


清光は鍋の湯を柄杓で掬い、矢へ浴びせた。

じゅ、という音。

湯気が炎を包み、米俵は無事だった。


「湯気が盾になるとは」

義朝が目を丸くする。


「胸より湯気のほうが広がりが速いんです」

清光は笑い返し、もう一杯湯をかけた。




突風が吹き込み、船体が軋んだ。

海賊船が波を利用して横腹へ迫る。


清盛は舵で波頭を切り裂き、衝突を避ける。

残った一隻は源氏船へ取り付いた。


甲板で義朝が踏ん張り、海賊の鉤縄を一刀で断つ。

「剣より早い粥は無いか!」


「ありますとも!」

清光は大鍋を抱え、湯気ごと前へ転がした。


轟音。

煮えた粥が甲板を滑り、海賊の足を取る。

熱さに悲鳴が上がり、鉤縄は海へ落ちた。




海賊が退き始めた頃、雲間から淡い光が射した。

灰で耕した都の畑――あの土を思い出す。


清光は焦げた白旗の破片を懐から取り出し、帆柱に括りつけた。

焦げ穴の向こうで空が揺れる。


「灰からでも花は咲く。海も同じですよね」

と呟くと、

義朝は刀を納め、帆を張り直した。

「ならば波も耕そう」


清盛は笑い、舵を東へ切る。

「都へ戻ったらその灰で田を増やせ」




日暮れ、追い風が落ち、海は静かになった。

海賊船は水平線へ消え、伊勢の灯が遠くに垣間見える。


鍋からは桜粥の香。

湯気は冷えた甲板を優しく包み、

兵は椀を手に声を潜めて笑った。


清光は木刀の割れ目を撫でた。

「剣が折れても繋げる。

 粥がこぼれても炊き直せる。

 胸より深い器であれば」


義朝は椀を掲げ、

清盛が盃を合わせる。


夜空に星が瞬き、

花も灰も波も、

静かにひとつへ溶けていった。

次回予告


第3話「伊勢の上陸、灰と花の国司」


伊勢の港に到着した清盛一行。

しかし、港町は飢えと重税で荒れ果てていた。


粥鍋を担いで上陸した清光は、

灰と花で田を耕した都の経験を胸に――

新たな土と心を耕す覚悟を固める。


胸を越えた旗が、海風に揺れる!

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