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朱雀門の夜焔、折れない旗を守れ

夜半、雲は切れ、満月が朱雀門の瓦を白く照らしていた。白旗の桜は風もなく静かに垂れ、鍋を囲む人影はまばらになっている。加藤清光は折れた木刀を膝に置き、残った粥を温め直しながら耳を澄ました。平家の祐国、源氏の高義、興福寺僧兵数名、山賊崩れの夜警たち。誰もが息を殺し、影の奥を見張る。今夜、左大臣家残党は旗と鍋を焼き払うと噂された。炎よりも速い刃――それが静けさの裏に潜む。


 子の刻を回ったころ、門の外から車軸の軋む音が近づく。数えれば三台。祐国が門外へ視線を投げ、高義が弦を鳴らして合図を返す。牛車に乗るのは夜更けの公達と思わせる優雅な灯、だが月光に照らされる車輪には灰を意味する黒紙の飾りが結ばれている。僧兵が錫杖を握り直す前に、清光は鍋を離れ門へ歩み寄った。


 牛車の御簾がわずかに揺れ、扇の奥から女官が甘い声を響かせる。「左大臣家ゆかりの者が、桜粥に花を添えに参りました」。清光は微笑で応じ、「花は門の外で香ります。鍋の中へは心だけ」と返す。女官は扇を閉じ、御簾が上がる。その瞬間、車の床下から火矢筒が滑り出した。火打ち石の煌き。祐国が叫び、高義の矢が闇を裂く。火矢筒は射抜かれたが、火が漏れ、牛車の帷が燃え上がる。炎が咆哮し、門前の暗がりに黒衣の刺客たちが飛び出した。


 僧兵が経を唱えつつ錫杖を振るい、山賊崩れが短弓を連射する。清光は折れた木刀を構え、白旗を覆うように前に出た。刺客の刃が月光を斬り、木刀の刃こぼれが火花を散らして受け止める。刃は折れない。折れても繋げた刃だ。刺客の一人が油袋を放り投げ、鍋へ火を映そうとする。高義が身を捩って飛び込み、その袋を刀の峰で叩き落とす。油は石畳に弾け、炎が走った。祐国が袴を裂き、油の上に被せると高義が鍋の湯を掬い吹き消した。二人の動きは合わさり、炎は立ち上がれない。


 混乱の中、白旗の袂に火が移った。乾いた布花が燃え始め、桜が赤く染まる。清光は木刀の柄で柄先の湯を掬い、旗へ浴びせた。蒸気が上がり、布桜は黒く焦げながらも形をとどめる。刺客の最後の一人がその隙を狙い、短刀を清光の背へ突き出した──が、僧兵の錫杖が横から打ち、短刀を弾き飛ばす。刺客は膝をつき、月に照らされて顔を晒す。藤原有家の側仕えで、顕房の門弟でもあった男。その袖にはやはり逆さ梅紋。


 火は消え、牛車は燃え尽き骨組みだけ残った。門前の石畳は湯と灰と血の匂いが混ざる。清光は焦げた白旗を立て直し、布桜の焼け焦げを指で撫でた。布は破れて穴が開いたが、紐は切れていない。鍋の湯気が残りの桜塩の香を運び、まだ列の奥で待っていた都人に届く。怯えた子どもが母の手を引いて鍋へ近づき、焦げた旗を見上げた。「花、焼けちゃったね」「まだ咲いてるよ」と母は笑い、椀を差し出した。


 清光は鍋の前へ戻り、桜粥を椀に盛り、自ら啜った。香は薄れ、灰の味がかすかに混じるが、温さは変わらない。祐国と高義がその隣で椀を取り、僧兵が経を低く唱え、山賊崩れの若者が火の残る車輪を井戸水で冷やした。焦げた旗は月光に透かされ、穴から夜空の星が見えた。折れなかった木刀が地面に突き立ち、刀身の割れ目に桜粥の湯気が映る。


 夜明け間近、検非違使が捕えた刺客を連れて戻り、藤原有家が逃亡を図ったと報せる。都の北、賀茂河を越えた山荘に潜むという。平清盛は討手を組むと名乗り、源義朝も黙って剣を抜いた。祐国と高義は互いの肩を叩く。清光は折れた木刀を抜き、焦げた旗を見上げた。「花は焼けても根は残る。胸より根、剣より旗。次は心で灰を耕す」


 東の空が紅に染まり始めた。焦げた白旗の穴から朝の光が射し込み、布桜の影が石畳に落ちる。旗は揺れながら、夜焔の煙を払い、春風を待った。


(第10話につづく)

次回予告

第10話「賀茂河の追風、心で耕す灰」

焼け焦げた白旗を守り抜いたものの、黒幕・藤原有家は北山荘へ逃亡。平家と源氏の連合討手が編成され、清光も折れた木刀を携え追風に乗る。灰になった桜を土に還せるか――都を覆う最後の黒雲との決戦が迫る!

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