都へ戻る春、平らかな旗ふたたび
新章〈春風都篇〉
播磨の田に霜が降りなくなった頃、朱雀大路を南から北へ駆ける早馬が一騎。鳥羽上皇親翰の召書を携えていた――「播磨下司・加藤清光、政の功を議すため参内せよ」。雪雲のように重かった黒雲は散り、左大臣家は失脚。都は今、春の風と共に新しい秩序を探している。清光は折れた木刀を背に結び、斎子姫と小夜の見送りを受けて播磨を発った。
西国街道は菜の花が咲き、浅黄色の霞が揺れていた。行く先々で「胸を越えた下司殿」と呼ばれ、粥歌を口ずさむ農民が手を振る。都の羅城門に入ると、瓦屋根に梅がほころび、渡殿には四月の陽が白く反射していた。だが清光の胸は軽くない。平家と源氏、そして左大臣家の残滓――都の火種は地に潜るだけ潜り、春の風でいっそう燃えやすくなるのだ。
紫宸殿の御帳台で迎えたのは鳥羽上皇だった。
「播磨で粥を炊き、胸ではなく心で田を耕した由、耳にした。そなたの“平らかな政”を都で試してみよ」
上皇の目は慈しみと探りを混ぜる色。平清盛が脇に控え、源義朝の名も昇殿の名簿に並ぶ。政の実験場は、再び都の中央へ移った。
上皇は続ける。「まず院の御料田を整えよ。胸でも刀でもなく舌で説き、金でなく心で治めよ」
「御心のままに。胸より深い器で、都の田を平らかに整えます」清光は折れた木刀を額に当てて答えた。
退出殿で待つ源義朝は春風のように柔らかな笑みを浮かべていた。
「播磨の歌、都で評判だ。“胸なくとも器深し”――耳に刺さる者も多いがな」
「器は折れても繋げば立つさ」
「都の田に潜む黒雲を払うなら協力する。剣ではなく言葉で」
「ぺた魂と源氏の筆で胸より強い道具になる」
夜、院田司に赴くと監督官は前左大臣家の縁者・藤原忠兼だった。帳面を閉じたまま嘲る。
「胸で謳う政など戯言。院田は官女の化粧料と公宴の膳費になっておる。田を平らかに? 誰が払う?」
「田が実れば膳も化粧も潤う。払うのは麦と笑顔です」
忠兼は机を叩き、紙片を投げた。《院の女房講、粥歌を禁ず》。粥歌会の評判を断ち切る策だ。清光は紙を拾い、薄く息を漏らす。
「歌が禁じられたら、次は何で心を結ぶ?」
問うたその声は、春の都の闇に静かに溶けていった。
平家の館の梅林で斎子姫と小夜に再会した。春の月が白花を照らし、香が漂う。
「都の田は播磨より深い闇です」と姫。
「胸じゃなく舌の勝負」と小夜。
「折れた刃でも舌先でもなく、平らかな心で耕す。胸を越えた旗は二度と下ろさない」
梅の花びらが肩に降り、春風都篇は静かに幕を開けた。
(第2話につづく)
次回予告
第2話「禁歌の都、粥と梅の攻防」
粥歌禁止令が都を締めつけ、酒宴から笑いが消える。清光は歌に代わる“梅粥”を編み出し、女房講を味方に付ける策を練る。しかし忠兼の罠はさらに深く、平家と源氏の協力にも亀裂が――春風の都で、舌と心の攻防戦が始まる




