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毒詩と平らかな舌

播磨の冬空は澄み切っていたが、都から届いた書状には黒い墨が滲んでいた。

《播磨下司、政を私して女官と通じ、民の粥を賭博に費やす》

 筆頭に記されたのは左大臣家お抱えの歌人・藤原顕房の花押。都じゅうの公家が賞翫する艶やかな歌の裏に、讒言ざんげんの毒が滴る。


 翌朝、宿場の辻に顕房の詩が貼り出された。


胸も粥も 浅きは濁り 深きは腐る

播磨の下司は 泥を酌みて笑う


 言葉は鋭く、人の心を折る。町娘が顔を伏せ、炊き出しの列に並ぶ子どもまでもが囁く。「殿様は泥を食べさせているの?」

 加藤清光は木刀を杖に紙を剥がし取り、握り潰した。折れ目を継いだ柄がわずかに軋む。

「言葉で田を焦がさせるわけにはいかない」


 その夜、政庁に人々を招き「粥歌会」を開いた。僧兵も山賊崩れも老農も、椀を手に囲炉裏を囲む。清光は一首詠む。


胸平らかに 土も平らかに 夜粥すする

心の深さで 月を映さむ


 質素な言葉に笑いが生まれ、次々と歌が飛び出した。

「麦の芽が湯気を吸い込み胸を張る」「小さき胸にも米は落ち着く」――自嘲も風刺も混ざり、広間には温かな笑いが充満した。

 詠み上げた歌を墨に写し、町の辻、蔵の壁、そして焼け跡の堰板に貼り付ける。翌日には新しい詩が民の手で書き足され、播磨じゅうが「ぺた歌」で埋め尽くされた。


 顕房の毒詩はかき消され、都へは逆に「粥歌会」の風聞が飛んだ。胸の大小を捨て、民が声で連帯したと。

 左大臣家の屋敷。雪を払う顕房の袖口が震える。

「言葉が……返されただと?」

 頼長は扇を閉じ、氷柱のような声を漏らした。

「次は声ではなく法で縛る。播磨の金の流れを断て」


 その計略は早速動き出す。播磨唯一の湊・室津へ向かう塩座の船主たちに、都から密勅が届いた。《播磨の粥は私粟。売買を禁ず》 湊は封鎖され、麦の種と薬種を運ぶ川舟は繋がれたまま。

 清光は潮風の冷たい桟橋に立ち、封印札を引き裂く。

「胸で塞がれたなら、心で航路を開くしかない」


 夜、更級川に松明を並べ、僧兵が櫓を漕ぎ出す。近道の内海ではなく、山中を抜ける用水路へ丸木舟を押し入れた。川幅は狭く、折れた木刀で岸を突いて舟を導く。山賊崩れが叫ぶ。

「胸で作った水路、舟も通るぞ!」

 笑いがこだまし、舟は未明に田の中央の池へ着いた。そこにいたのは坂上経定。

「都の封鎖を破ればおまえは逆賊だ」

「胸で封印した札を心で破っただけです」

 清光は舟から麦種と薬木の樽を押し上げた。経定は溜息をつき、指で歌をなぞるように呟いた。

「言葉も札も、胸の壁も越えるとは……都が恐れるはずだ」


 夜明け。霧のかかる畑に種が撒かれ、薬木が植えられる。胸を越えた田はまた芽吹く準備を整えた。

 遠く都では雪が激しさを増し、黒雲がさらに厚みを増す。だが播磨の空には、ぺたの旗と歌声が絶え間なく揺れていた。


(第28話につづく)



次回予告

第28話「札と剣と歌、都へ返す三つの矢」

湊封鎖を破った播磨に、左大臣家は最後の打撃――武士の派兵、法度の札、そして毒詩の再来。清光は三つの矢を逆手に取り、都へ返す策を練る。胸も金も言葉も越え、心の旗はさらなる高みに

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