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一月の約束、ぺた田に実る黄金

冬の木枯らしが畦を越え、播磨の平らかな田を白く波打たせた。坂上経定と結んだ「一月で収量を示す」約束まで、残り二十六日。加藤清光は夜明けとともに田に立ち、折れ目を継いだ木刀を鍬代わりに泥へ突き立てた。――胸の大小を越えて実る黄金、その証を掴むまで折れるわけにはいかない。


 最初の敵は寒気だった。山から吹き下ろす冷風で水面が凍り、芽吹いた麦が紫に変色する。清光は夜通し松明を焚き、山賊崩れと僧兵を交代で畑に立たせた。灰を混ぜた温水を流すたび芽は青さを取り戻し、朝焼けの霧の中でぺた田は白い湯気を立てた。


 十日後、二つ目の敵――いなごの群れが現れた。都から派遣された経定の郎党が密かに放ったのだと見当はついたが、証拠も追及の暇もない。小夜が竹籠を肩に走り回り、斎子姫が自ら宮中伝来の樟脳香を水に溶いて畔に注いだ。田の匂いが変わり、蝗は山風に流されて去った。姫がほっと息をつく横で、小夜が袖で額の汗をぬぐう。

「胸の大小より、匂いのほうが強いんですね」

「胸も匂いも平らかな心も、合わせてこそです」

 三人の笑い声が霜柱を砕き、凍えた土に温みを戻した。


 二十日目の夜、再び火の手が上がる。今度は用水を止める堰が炎に包まれた。駆けつけた清光は燃える杭を引き抜き、折れた木刀の柄で火種を叩き潰した。火の向こうに浮かんだ黒影が走り去る。

「坂上の連中か?」

 問いに答えず、清光は倒れた杭の穴に自ら腕を突っ込み泥を詰める。僧兵たちが丸太を運び、新しい堰を夜明け前に仮復旧させた。泥だらけの木刀を握りながら、清光は呟く。

「胸より高い壁はいくらでもある。でも折れない心があれば越えられる」


 三十日目。約束の前日、田に立った経定の眼前に、青々とした麦が一面そよいでいた。水面には小麦の穂が映り、遠くで乳白色の雲が割れて陽が差し込む。

「これほどの早生わせ……播磨の土が変わったというのか」

「胸の大小を揃えるより、根の深さを揃えた方が成長は早いんです」

 清光がそう言って笑うと、経定は溜息を吐き、ひとえの袖から朱印状を取り出した。

「左大臣家への収穫報告、白紙で出そう。功はそなたのものだ」


 夕陽が黄金色を増し、麦の穂先が風に揺れた。子どもが歓声を上げ、山賊崩れの若者たちが互いの背中を叩き合う。斎子姫は畔に立ち、眩しそうに目を細めた。

「平らかな田には、胸よりも大きな実りがあるのですね」

 小夜が頷く。「そして殿が折れない木刀で耕した心が、黄金になりました」


 折れた木刀の柄に秋の名残の風が吹き抜ける。遠く都の空にはまだ黒雲が渦巻いている。だが播磨の田に立つ旗――白布に手縫いで記した「ぺた」の文字は、夕陽を浴びて黄金より鮮やかに輝いていた。


(第26話につづく)

次回予告

第26話「都の雪、黒雲の落とし子」

黄金の麦を実らせた報が都へ届くと、左大臣家は暗い雪雲を連れて動き出す。播磨への新たな刺客は剣でも金でもない“言葉の毒”。加藤清光は心の旗を掲げ、胸だけでなく舌でも戦う――平らかな田に再び嵐が迫る

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