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雨上がりの畑、胸を越えて芽吹くもの

燃え残った灰を掻き分けて掘り返した用水路は、夜通しの作業で再びせせらぎを取り戻した。早暁、加藤清光は膝まで泥に浸かりながら鍬を振るい、山賊崩れの若者たちと声を張り上げる。

「土を平らかに均せ! 胸みたいに段差を作るな!」

 笑いと共に泥が跳ねた。彼らが説得に応じたのは、清光が炊き出しの粥を分け隔てなく振る舞い、敗北者にも仕事と飯を与えたからだ。


 清光が提唱する“胸フラット農法”は単純だ。まず畔を切って畑を一面平らに均し、水深をそろえて稲株を揃える。さらに浅い畝に麦と大豆を混播して根を絡ませ、夏の干ばつでも水持ちを高める。

「胸と同じ。低くても揃っていれば風に倒れにくい」

 田婆たばばと呼ばれる老農が感嘆し、若者たちは「ぺた田」と囃した。


 しかし昼下がり、都からの綸旨を掲げた騎馬が駆け込む。

――播磨国下司・加藤清光を解任し、左大臣家推挙の坂上経定を任ず。

 政庁で文を読み上げた使者はうすら笑いを浮かべる。

「米蔵が焼け、民が暴動寸前とか。都は速やかな交代を望む」

 清光は泥の付いた木刀を袂に納め、静かに尋ねた。

「国の現状を見ずに交代? せめて畑を一巡してからご判断を」

「必要なし。書付がすべてだ」

 使者の背後で坂上経定が貴族らしい薄い微笑を浮かべる。「胸と金で民を動かすのが政よ」と囁くのが聞こえた。


 翌朝、清光は領内の豪農・僧侶・山賊崩れ・子どもまで呼び集め、干上がった谷あいに立つ。大人の胸ほどの高さに積み上げた土堤が左右へ延び、竹で組まれた水車がゆっくり回っていた。

「胸の大小じゃなく、心の平らかさで水を回す!」

 合図とともに堤の木栓が抜かれる。川から引かれた水が一斉に流れ出し、まっすぐ均した畑を満たした。用水は濁らず、泥が底に沈んで澄みわたり、二週間前に播いた麦の芽が無数の黄緑色を押し上げる。


 坂上経定は思わず息を呑んだ。

「干魃続きの播磨で、もう芽が立つとは……」

 清光は木刀の白布を指で弾き、笑いを返す。

「ぺた田は水持ちがいい。胸を張らずとも根は張るんです」


 一方、都へ逃げ帰った藤原信通の密書は左大臣家に届いていたが、播磨の収穫予定量が二〇%増の報に重なり、執務机で封が切られることなく積まれていく。

「米が増えれば朝廷の蔵も潤う。いったん様子を見よ」と内々に決まったのである。


 暮れどき、政庁の土間に経定が現れた。

「一月で収量を証明できれば、下司の座を譲る」

 清光は差し出された右手を握り返す。

「胸の大小では測れない収穫を、お見せしましょう」


 夜。斎子姫と小夜へ送る文の蝋を封じ、清光は折れ目のある木刀を軒に立て掛けた。星の瞬きが白布に映り込み、風が稲と麦の芽を優しく撫でる。

 遠い都にはまだ黒雲が渦巻くだろう。しかし胸を越えた平らかな畑には、確かに新しい芽が息づいていた。


(第25話につづく)

次回予告

第25話「一月の約束、ぺた田に実る黄金」

播磨に課せられた“収量証明”の猶予は一月。干ばつと陰謀と害虫が同時に襲い、ぺた田は試練の連続。清光は折れない木刀を鍬に持ち替え、胸を越えた黄金の波を目指す――勝負の穂が風に揺れる!

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