京に降る雨、ぺたの影に濡れて
都に、雨が降っていた。
六月の終わり、梅雨の名残か――空は重く、瓦屋根を濡らす雨音が、何かを諦めさせるように静かに続いていた。
俺は屋敷の縁側に腰掛け、ぼんやりと庭先を眺めていた。
「ぺた……ぺたか……」
この時代に転生してから、幾度となく口にしてきた言葉。
冗談のつもりだった。でも今は、もう笑って言えない気がしていた。
(俺は、“ぺた”で何を守れる?)
姫も、小夜も、この時代に生きる人々も。
戦が始まれば、冗談では済まされない。
それでも。
「俺は、守りたいんだ。冗談でも、変態でもいい。
誰かに、俺の命が意味を持つなら……それでいい」
「加藤殿」
斎子姫の声が、雨の向こうから届いた。
彼女は薄手の小袖に身を包み、雨に濡れるのも構わず、庭に立っていた。
「姫、風邪を引きますよ」
「……少し、雨に打たれたくて」
「物好きですね」
「貴方に言われたくありません」
その一言に、思わず笑ってしまった。
姫は近づいてきて、俺の隣に腰を下ろした。
濡れた髪から雨粒が滴り、俺の手の甲に落ちる。
「貴方は、戦うのですね」
「はい」
「小夜殿も?」
「たぶん、止めても無理です」
「……ふふ」
斎子姫は小さく笑った。
「それが、“ぺた”というものなのですか?」
「いや、それは関係ないです。ぺたは、もっとこう……個人的な趣味で……」
「でも、貴方がぺたを語るとき、目が輝いているのです。
その目が、わらわには“希望”に見えたのです」
俺は何も言えなかった。
斎子姫のまっすぐな眼差しに、ただ黙って頷くしかなかった。
その日の夕方、清盛が屋敷に現れた。
「戦が、始まるぞ」
「ついに……」
「明晩、白河院側が夜討ちを仕掛ける情報を掴んだ。
我ら鳥羽院方は、それを迎え撃つ」
「兵力は?」
「五分だ。いや、下手すれば劣勢。だが、“ぺた将”が一人いれば五十人分の士気だ」
「おい、変な名前で俺を戦に出すな」
清盛が笑った。
「冗談だ。お前は伝令だ。重要な拠点を巡り、命令を伝えてくれ。
……そして姫のことも、頼む」
「分かった」
「ぺた魂に、誓ってな」
「ぺた魂に、誓って」
夜になり、雨は止んだ。
静かな夜――嵐の前の静けさというやつだろう。
小夜がそっと俺の背中に寄り添って言った。
「加藤様、行かれるのですね」
「うん。行ってくる」
「……気をつけてください。貴方の“変態さ”が、誰かに届くことを祈っています」
「うん。ありがとう、小夜」
その手の温もりを背に受けて、俺は再び、戦の都へ足を踏み出した。
濡れた地面の冷たさが、やけに現実味を帯びていた。
だが、俺の心は、はっきりと燃えていた。
(第5話へつづく)
次回「第5話:夜討ち、火の如く始まる」では、ついに保元の乱が開戦。ぺた魂と戦火の交錯が描かれます。




