敵か味方か、源氏の若武者
夜が明ける少し前――
京の裏通りを駆ける影があった。
その姿は、まだ若く、だがその瞳には鋼のような意志が宿っていた。
名を、源義朝。
源為義の子にして、若き源氏の中核を担う武士。
彼は今、父とともに白河院の命を受け、動いていた。
「動きはどうか?」
「鳥羽院方は、まだ反応していません。清盛も……加藤清光も」
「加藤……か」
義朝は小さく息を吐く。
「……変態だ」
「は?」
「いや、なんでもない」
義朝は、以前、街角で“ぺた演説”を繰り広げていた清光の姿を思い出していた。
(あんなふざけた男が、どうしてか、妙に印象に残る)
だが今は、私情を挟むときではない。
「父上の命は“姫を確保せよ”……だが」
彼の手は、剣に添えられたまま、鞘から抜かれることはなかった。
一方その頃、俺は小夜と共に、斎子姫を匿った離れの屋敷にいた。
「小夜、何か気配を感じないか?」
「ええ……庭の外、何かが動いています」
「まさかもう……!」
そのときだった。
――「加藤清光殿、いるか?」
静かな、だがよく通る若者の声が聞こえた。
「……誰だ?」
「源義朝、父・為義の命により参った」
「まさか、もう直接来やがったか……!」
俺は刀に手をかけながら、斎子姫を小夜に託した。
「姫は奥へ、小夜、頼む!」
「はい!」
そして俺は庭へと出た。
そこに立っていたのは、白い衣に身を包み、背筋をぴんと伸ばした若者だった。
「……はじめましてだな、源義朝殿」
「お前が、加藤清光か。噂は聞いている。“ぺた”なる謎の信念を持つ変わり者だと」
「だいたい合ってる」
「ふっ……」
義朝は小さく笑い、そして真剣な目に戻った。
「姫を、引き渡してもらう」
「断る。姫は、誰にも渡さない」
「それが戦になると分かっていてか?」
「分かってる。けど、譲れない。ぺたとか関係ない。彼女が、大切だからだ」
その言葉に、義朝の瞳が揺れた。
しばしの沈黙――
そして、彼はぽつりと呟いた。
「……会わせろ。直接、話したい」
「……いいのか?」
「加藤清光、お前を“敵”とは思わない。
今は道が分かれたが――俺は、お前が嘘をつく男ではないと見ている」
(この源氏の若武者、見た目は硬派だけど……ちゃんと“人”だ)
俺は頷き、姫のいる奥の間へと案内した。
その夜、斎子姫と義朝は、短い言葉を交わしただけだった。
だが、義朝はそれで十分だったらしい。
「……なるほど。姫君も、ただの駒ではないのだな」
彼は静かに立ち上がり、剣を鞘に収めた。
「加藤清光、今日のところは退く。ただし――」
「次は?」
「戦となれば、容赦はしない」
そう言って彼は去った。
けれど、俺は見た。
去り際の彼の背が、少しだけ、迷いを帯びていたことを。
「敵か、味方か」
俺は夜の空を見上げて、つぶやいた。
源氏の若武者。
彼の瞳には、俺と同じ“守りたいもの”があるような気がした。
それが何かは分からない。
でも――戦が始まれば、それももう、関係ないのかもしれない。
(第4話へつづく)




