政争の香り、始まる夜の駆け引き
その夜。東山の別邸を出た俺と清盛は、月明かりの下を並んで歩いていた。
「……お前、堂々と“思想家”やってたな」
「いや……緊張して胃がよじれそうだったけどな」
「ははっ、あの定信の顔、見ものだったぜ。“ぺた”が思想だとは思ってなかったろ」
「そりゃそうだ。俺も今朝まで“ぺた”が思想になるなんて思ってなかったよ」
笑いながらも、内心は複雑だった。
“思想”とまで呼ばれてしまえば、ただの趣味では済まされない。
まして、この時代は――思想が人を殺すことすらある。
「……おい」
清盛が、ふと足を止めた。
「つけられてるぞ。三人」
「マジか」
「さっきの宴にいた奴らの一人。多分、定信の差し金だ」
振り返れば、細い路地の陰に、不自然な気配がある。
夜の風に乗って、草履の擦れる音が微かに響く。
「逃げるか?」
「いや、逆に撒こう」
清盛が手を打った。
「ちょうどいい。“夜の政争ごっこ”に付き合ってもらうか」
俺たちは、あえて回り道をして、烏丸通を北へ抜けた。
一旦は気配が消えたかと思われたが――突如、裏道から三人の男が飛び出してきた。
「止まれ、加藤清光殿」
「定信様よりのご伝言にござる」
男たちは、いかにもそれっぽい格好――布で顔を覆い、刃物は持たずに腕を広げていた。
それでも、ただの使いとは思えない空気をまとっている。
「伝言って、夜道で囲んでくるあたり、親切心は感じないな」
「姫君へのご執心、ほどほどになされよ。都には都の掟がある」
「つまり、黙ってろってことか?」
「そう申しておる」
清盛が前に出た。
「悪いな。こいつのぺたは“命”なんだ。黙らせるには、それなりの覚悟がいるぞ」
「……我らは、あくまで忠告に参っただけにござる」
三人は視線を交わし、すっと後退していった。
あくまで“警告”という名目で、手は出さない。
(けど、次はわからないな……)
屋敷に戻ると、玄関に一通の文が置かれていた。
『都に吹く風は変わりつつあります。
ぺたの花、散らされぬようご用心を。
――某より』
「……お前、都中から文が来るな」
清盛が苦笑する。
「もうすぐ、“ぺた”が国を揺るがすのかもしれん」
「それはやめてくれ、マジで」
でも、俺の中には、妙な確信が芽生えはじめていた。
――もし、この“ぺた道”が、誰かの心を守れるのなら。
俺は、それを貫く価値があると思う。
(そして、斎子姫や小夜、清盛……この時代に生きる人たちと一緒に、何かを変えたい)
政争の香りは、もう風に乗って漂っている。
その夜、俺は文机に向かい、斎子姫への返書を書いた。
『――もし、嵐が来るなら、俺がその傘になります。
たとえ変態でも、ぺたを信じる男ですから。』
(第20話へつづく)