内裏の陰口と陰謀の香り
「――お主、また内裏でおかしな噂が立っておるぞ」
朝一番、顔を出したのは、例の如く斎子姫だった。
「今度はなんです?」
「“皇女に色目を使い、ぺたにて籠絡する異国の術者”じゃと……」
「もう陰口の発想がファンタジーだな……!」
斎子姫は、くすりと笑った。
「安心せい、わらわは信じておる」
その言葉が、今の俺には何よりの救いだった。
その日、俺は久しぶりに内裏――宮中の政務を司る一角へ顔を出していた。
政務官の一人である藤原忠方に呼ばれ、文書整理の補佐を頼まれたのだ。
「加藤殿、最近お名前をよく耳にしますな」
「光栄です……」
「“胸の小さき者に心を寄せる男”――都では珍しいお方です」
「……それ、誉めてます?」
「ええ、もちろん」
笑みを浮かべた忠方の目の奥には、何か別のものが見え隠れしていた。
(……こいつ、俺を警戒してる?)
「加藤殿、あなた、どちらの派におつきですか?」
「派……?」
「白河院か、鳥羽院か。あるいは、平氏に?」
出た。政治的な二択。
白河院――かつての院政の主、いまだ政に強い影響力を持つ“元祖ラスボス”。
鳥羽院――現政権の実権を握る、しかし身内争いに悩む“現役の陰謀師”。
「えっと……私は、ぺた派でして」
「……え?」
「ぺたは善、巨は悪……いえ、好みの問題です」
「……」
その場の空気が、凍った。
(いや、冗談通じないタイプだったか!?)
「ふむ……加藤殿、なかなか面白いお方ですな」
――笑った。けど、やっぱり目が笑ってない。
(この人、斬っても笑顔のままだな……)
その後、女房たちの控えの間に書状を届けに行ったときのこと。
「あら、またぺたの人ね」
「“加藤ぺた光”だって。女房間で密かにそう呼ばれてるのよ」
「“乳なきものを尊ぶ男”。まあ、ある意味公平……?」
「ええ、でも斎子様の御側近くにいるのは……ちょっと嫉妬ですわ」
「わかる。あの方、最近なんだか楽しそう」
「それって、ぺたのせい……?」
部屋の外からその声を聞いた俺は、しばらく石像のふりをしていた。
(……なんでこんなに浸透してるの? ぺた信仰)
夜、清盛の屋敷に顔を出すと、彼は刀の手入れをしていた。
「おう、変態坊主。陰口が花盛りだってな」
「やめて! それ、悪口になってないから!」
「にしても、都の連中は、よく喋る。ほんとに“言葉の刃”ってやつだな」
「……あれはあれで、戦場です」
「そうか。だったら、お前は“信仰で戦う僧兵”ってところか」
「……その響き、意外とカッコいいな」
清盛は笑って、膝に載せていた刀を鞘に納めた。
「けどな、清光。そろそろ決めろ」
「なにを?」
「お前が、どこに立つのか。ぺたの理屈はともかく――、時代が動こうとしてる。ぼんやりしてると、呑み込まれるぞ」
清盛の目が、まっすぐ俺を見据えていた。
「……まだ決められないよ。俺は……まだ、ただの外回りの営業マンだったから」
「それでも、道はある」
「……道?」
「自分の信じる“美”を貫く道だ。お前はそれを、ぺたと呼んでる」
俺は黙って頷いた。
(――そうだ。誰に何を言われても、俺は“ぺた”を信じている)
「ありがとう、清盛」
「おう。いつか俺が、この国を変える。そのときは、お前も一緒に来い」
「変態だけど、いいのか?」
「むしろ変態じゃねえと面白くねえだろ」
夜の静寂に、二人の笑い声が重なった。
その夜、斎子姫から新たな文が届いた。
『ぺたとは、心の平らかさでもありますか?』
俺は筆を取りながら、ふと思った。
(この人……本当に理解しようとしてくれてる)
“ぺた”は変態の象徴でも、やがて人を繋ぐ“思想”になるのかもしれない。
(第16話へつづく)
毎朝6時に投稿しますので、お楽しみに!
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