清盛少年との遭遇
清盛は、思ったよりも小柄だった。
だが、その瞳は燃えるように明るく、曇りひとつない。
「お前、ほんとに変わってんな」
彼はそう言って、俺の肩を軽く叩いた。
場所は、京の北郊外、小高い丘のふもと。鷹狩りを終えての帰り道だった。
「“ぺた”が信仰って、誰も言わねえよ、普通」
「そうか? 俺は至極まっとうなことを言ってるつもりだが」
「いや、お前、ちゃんと『胸の大きさで女の価値は決まらない!』とか言ってたろ? そこまではギリ理解できた」
「うむ」
「けど“ぺたこそ理想”“ぺたは魂の輪郭”って言い出したときは、正直どうかと思ったぞ」
「うっ……」
やっぱり少し変だったかな。でも、あのときは必死だったんだ。
「でもな、俺は……嫌いじゃないぜ、そういうの」
意外な言葉だった。
「へ?」
「世の中、誰もが波風立てず、空気を読んで、誰かの顔色を伺って生きてる。そんな中で、お前は堂々と“ぺた”を主張した。しかも、全力で」
「うん」
「それって、ちょっとカッコいいと思わねえか?」
俺は目を丸くした。
「お前……なんなんだよ。あの平清盛ってマジでお前か?」
「たぶんな」
清盛は笑った。風が吹いた。彼の髪がそよいだ。
「俺は、何か大きなことをしたいんだ。けど、具体的に何をすればいいかは、まだ分からねえ。でも……お前といると、ちょっと世界が違って見える」
彼の言葉は、冗談交じりのようでいて、どこか真に迫っていた。
「なあ、清光。お前、未来を知ってるだろ?」
「えっ」
俺の背中に冷たい汗が伝った。
「なんで、そう思った?」
「直感さ。お前、いろいろなことに違和感を持ってるし、発想がこっちの人間と違いすぎる」
「…………」
「でも、いいんだ。何を隠してても、俺はお前を信用する。お前には“自分”があるからな」
「……ありがとな」
俺は、心からそう言った。
ああ、これが“友”ってやつかもしれない。
転生して初めて、俺は本当に信頼できる人間と出会ったんだ。
その夜。
屋敷に戻ると、空気が妙に冷たかった。
「……戻られましたか、加藤殿」
応対した女房の一人は、露骨に嫌そうな顔をしていた。
「なにかあったのか?」
「内裏で、噂が立っております」
「噂?」
「あなたが斎子内親王に取り入り、出世を目論んでいる――と」
「は?」
「“胸の小さい姫を持ち上げて、同情を買おうとした”などと、口にしている者もおります」
俺は目を見開いた。
「冗談じゃない……!」
「女房の一部からは“ぺた呪いの男”とも呼ばれております」
「どんな通り名だよ……!」
廊下に一歩踏み出せば、女房たちの視線が一斉に集まり、ひそひそと陰口が飛び交う。
「こっち見た……」
「ぺたって囁いた……」
「目を合わせると呪われるらしいわ」
俺は静かに部屋に戻り、障子を閉めた。
「おい、センサー……反応しすぎるのも考えものだぞ」
(ピッ……)
ぺたセンサーが、申し訳なさそうに一度だけ赤く点滅した。
夜更け。
縁側で月を見ながら、俺はふと、空を見上げた。
「転生して、こんなにも生きにくいとは思わなかったよ」
でも――
「……それでも、やっぱり俺は“ぺた”を信じてる。この信念だけは曲げたくない」
そのときだった。
「加藤殿」
背後から声がした。
振り返ると、そこには斎子姫が立っていた。
「姫……なぜ、ここに?」
「女房たちの陰口は、耳に入っておる。……しかし、わらわは気にしておらぬぞ」
姫は一歩、二歩と近づく。
「お主の言葉は、たしかに奇妙じゃ。けれど――、まっすぐだった」
俺の胸の奥が、少しだけ熱くなった。
「……ありがとう」
斎子姫は微笑んだ。
その笑顔は、夜の闇の中で、月明かりに照らされていた。
(第14話へつづく)
毎朝6時に投稿しますので、お楽しみに!
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