ぺたフェチ、変態扱いされる
「……若様、お食事を、お部屋の前に置かせていただきますね」
障子越しのはるの声は、どこか気まずそうだった。
「……ありがとう」
俺は膝を抱えたまま、部屋の隅で唸っていた。
膳の上には、冷めかけた白粥と塩漬けの小菜が並んでいる。
(この扱い……完全に“腫れもの”じゃん)
――時は、あの「南庭の事件」の翌日。
都中に響き渡ったらしい俺の名演説は、“ぺた布教”として一部の女性から好意的に受け取られた一方で、
有力貴族の子息たちからは完全に“変態”のレッテルを貼られ、屋敷に閉じ込められる羽目となった。
(いや、確かに、俺の語りは熱かった……。でもあれは魂の叫びだったんだ)
「胸がなくて何が悪い! ぺたは正義! 信仰なんだよ!!」
……うん、自分で思い返してもキツいな。
おかげで、女房たちからは遠巻きにされ、召使の目も若干引き気味。
唯一、はるだけが変わらず接してくれるのが救いだった。
しかし、ここで腐っているわけにはいかない。
「くそっ……俺は……まだ“ぺた”を守り抜いていない……!」
そう思っていた矢先、屋敷の裏手から犬の遠吠えが聞こえてきた。
そして、その直後だった。
「ぉおーい! この中に、加藤清光という変態はおるかー!!」
「誰が変態だ!?」
反射的に立ち上がり障子を開けると、そこには――
「おお、本人だな? はじめまして。俺は平清盛!」
日焼けした顔に笑顔を浮かべ、手を振る青年。
肩には獲ったばかりの鴨をぶら下げている。
「……え?」
「いやあ、昨日の話、面白かったぜ。噂になってたよ。“ぺたの変人”ってな!」
「褒めてる? けなしてる?」
「褒めてるに決まってんだろ!」
清盛はそう言って豪快に笑った。
「胸の大小で女を測るなって? 貴族のくせに変わってる。気に入った!」
俺は正直、面食らっていた。
彼の登場は突然すぎたし、第一、あの“平清盛”が、俺のような異分子に好意的なんて。
「お前、屋敷に閉じ込められてんだろ? 気晴らしに鷹狩りでも付き合えよ」
「え? いいの?」
「たまには、風に当たるといい。人の目なんざ気にすんな」
その言葉に、俺は少しだけ救われた気がした。
昼過ぎ、郊外の原っぱで、鷹狩りが始まった。
清盛は獲物の動きを読み、見事なタイミングで鷹を放つ。
その姿は、どこか自由で、まるで風のようだった。
「いい眺めだろ? 鳥も、人間も、自由が一番だ」
「……お前、本当に貴族か?」
「そっちこそ。本当に“信仰”とか言ってぺたが好きなのか?」
清盛は笑いながらこちらを見る。
「変態だろうが何だろうが、それで人が救えるならいいじゃねぇか」
その言葉に、俺の胸が不思議と熱くなった。
「……ありがとう」
「おう。だから、次はもっと堂々と語れよ。“ぺた”の神託ってやつをな!」
「お前が一番変だよ……」
でも、それが嬉しかった。
ああ、この世界にも、俺の言葉を笑わない奴がいる。
それだけで、また立ち上がれる気がした。
日が暮れ、屋敷に戻ると、はるがそっと近づいてきた。
「若様……おかえりなさい。どちらへ?」
「……ちょっと風に当たりにね」
「そうですか」
はるは、少しだけ微笑んだ。
「また、少し元気になられたご様子。安心しました」
「……うん、ありがとう。ぺたんこ」
「やっぱり変態です」
――こうして俺は、変態と信仰の狭間で、一歩だけ前に進んだ。
(第13話につづく)
毎朝6時に投稿しますので、お楽しみに!
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