ぺたセンサー警報発令
風がやんだ。
都の朝は静かで、けれどどこかざわついていた。
「ふむ……」
俺は、縁側に座って茶をすする。
平安時代に転生して、何日が経ったか。
――屋敷。召使い。平安装束。十二単。ぺた。
「……そろそろ慣れてきたな」
この世界は“現代知識”が思ったほど通用しない。
清潔な水もなければ、電気もネットも当然ない。
それでも俺は、なんとかこの世界で生きることを受け入れ始めていた。
ぺたが、そこにあるならば。
(ピピ……ッ)
「ん?」
額のあたりに、例のやつが反応する。
空中に“光”のようなものが浮かび、赤い警告が点滅していた。
《PETAセンサー 警戒レベル:橙》
「……なんだよこれ、新機能か?」
そのとき、廊下を駆けてくる足音が響いた。
「若様! たいへんです!」
はるさんだった。例によってぺたんこで、俺のセンサーが揺れた。
「なにがあった?」
「その……、内裏にて、とある女房方が“ぺた”であることを笑われたそうで……」
「――なに!?」
思わず声が裏返った。
「誰がそんな冒涜を……!」
「都に戻られた公卿の息子が、酔った席で“女は胸で価値が決まる”などと……」
「それは――言語道断!」
「はい、わたくしも怒りを覚えました」
「……すぐに現場へ行く!」
俺は衣を直し、ぺたんこの正義のため、立ち上がった。
京の御所、その南庭に集う若い貴族たち。
その中央で、やや猫背の少女がうつむいていた。
丸顔に切れ長の目、細身の身体。肩から腰にかけて緩やかに落ちる布。
――完璧なぺた。
「ちっ、女房風情が背筋を伸ばせよ。胸もないくせに」
嘲る声が飛ぶ。
(ピピピッ……警報:橙→赤)
俺の頭上で何かがバチバチと点滅していた。
「おい、貴様!」
「ん? 誰だ、おまえは」
俺はゆっくりと歩み寄り、間に立った。
「その者に謝れ」
「はあ? 胸の話をしただけだぞ。事実だし」
「――貴様!」
怒りが、体の奥からこみ上げる。
「この世界では、まだ“ぺた”の美徳は知られていないようだが……」
「は?」
「俺は、それを広めるためにここに来た!」
「な、なんだこいつ!?」
貴族の息子たちが戸惑う。
「胸の大きさで人の価値を測ることこそ、最も下劣な思想だ。ぺたは尊い。ぺたは世界の均衡だ。ぺたは……魂だ!」
(ピピッ! センサー最大出力)
「こ、この者、どこか狂っているのでは……」
「貴族を侮辱するとは!」
「訴えてやる!」
だが俺はひるまなかった。
「ぺたを笑うなら、俺は貴様らすべてを敵に回す!」
沈黙。
そして、一人の声が上がった。
「……わらわは、そなたの味方であるぞ」
静かな声。
しかし確かな響き。
振り返ると、そこには――
斎子内親王。
十二単をまとい、光のように立つ彼女がいた。
「わらわも、胸がないことで陰口を言われてきた身じゃ。だが……」
彼女は少女のそばに歩み寄る。
「美しさとは、形ではない。心に宿るものと、わらわは信じておる」
少女が、はっと目を見開く。
「ぺたで何が悪い――よいではないか」
(PETA共鳴:120%)
涙がこみあげそうになった。
――この世界で、俺は一人じゃない。
毎朝6時に投稿しますので、お楽しみに!
感想・評価など励みになります!