タヒチ旅行
山口くるみは、大学からの親友トモエと、お正月休みにタヒチへ行きます。商社に勤めて二年。事務仕事にも慣れました。
成田に向かう電車内で二人は話します。
「五日間で60万円って、びっくり。ちょーぅ高いよね」
くるみが言うとトモエは「本当よ」とうなずきました。
「最近は何でも高いし、痛いよね」
現地フリーの格安チケットもありましたが、日本の旅行会社が安心だと思って選びました。
「でも、向うは夏よ。嫌な上司も居ないし、きっと天国だわ」
仕事で何かあったらしいトモエが軽く愚痴ります。
「そうね。嫌な事は全部、日本に置いて行きましょう」
空港に着いた二人は、搭乗予約をしてタヒチのパペーテ行きの飛行機に乗りました。座席には窓側からトモエ、くるみの順に腰かけます。
南太平洋フランス領のタヒチには、たくさんの島々があって、その中でもボラボラ島は美しい景色が有名です。
飛行時間は十一時間。
小声で話すのも疲れるので、とりあえず雑誌を見て、あとは食事とひたすら寝ていました。
途中、日付変更線を越えたので出発と同じ日となり、朝の八時にタヒチに到着しました。日本との時差はマイナス十九時間です。
「わーぁ、やっと着いた」
くるみたちは、飛行機から下りました。
外の日差しは強く、南国の白い雲。気温は二十七度くらいでしょう。
皆の後に続いて滑走路を歩いて小さな空港の建物に入りました。
入国手続きは簡単に出来ました。
そして「山口くるみ様、内山友恵様」と描いた画用紙を持つ女性を見付けました。おそらくガイドさんでしょう。
相手もこちらを見つけて名乗りました。
「こんにちは、ツアーガイドのライト千佳です」
「こんにちは、よろしくお願いします」
「朝食はお済みですか?」
「機内で軽く食べました」
トモエが先に応えた。
「では、ショッピングに行きましょう。と言っても島の繁華街は広くないのですよ」
ガイドさん運転の車内で、三人はそれぞれ自己紹介をしました。
ガイドの千佳さんは三十六歳。タヒチ人の旦那さんはホテルを経営しているそうです。
風景は美しく、椰子の並木に南国らしさが実感できます。
高いビルは少なく、洋風で木造の家が多いようです。
到着しました。確かに商店は少ないようです。
お土産品は少なく、生活用品のマーケットみたいでした。
通貨はフランスフランですが、ドルも使えます。
くるみは50ドルくらいの花柄ワンピースを買いました。
トモエもフルーツジュースを飲んで、南国を満喫のご様子です。
くるみたちは、幼い少年たちに声を掛けられました。花を買ってほしいそうです。たぶん貧しくて働いているのでしょう。一人が摘んできた花を1ドルで買いました。
その後、ガイドの千佳さんの車で、今日滞在するホテルに向かいました。旦那さんが経営しているホテルです。
今日の宿は、美しい海辺にあるロングハウスでした。
従業員さんに荷物を運んでもらって二人はくつろぎます。
奥さんが日本人なので室内は東洋風ですが、どこもかしこも海の風景に馴染んでいて、違和感はありませんでした。
「この島の料理を体験しませんか?」
ガイドの千佳さんがと聞いてきました。これから夕食だそうです。
「どうする?」と二人で相談して参加することに決めました。
ところがです。
丸々としたニワトリを締めるところから始まったのです。
男性の料理人が、何気にストンとニワトリの首を切り落としたのです。
「うわー」と二人は悲鳴を上げました。
その後に羽をむしられて、解体され、よくある鶏肉の状態になりました。
可哀想だけれども、食べることは命を頂くことです。
日本のスーパーの豚肉だって、その前は生きていたのです。
お肉もお魚も食べ物の命は、大事にしなければいけません。
くるみは、カルチャーショックを受けました。結構なショックでした。
トモエも同じみたいでした。
それでも頑張って、くるみは魚に塩を振り、野菜の皮むきをお手伝いしました。
料理人さんは、焚き火で焼いた石にバナナの葉っぱをのせて、鶏肉やお魚、おイモ、バナナなどを蒸し焼きにしました。
一時間で料理は完成しました。
千佳さんの旦那さんが、ワインとフランスパンを買って来ました。
くるみたちが、蒸し鶏肉を食べるのを躊躇していると、
「命を無駄にしてはいけないのよ」
ほほえみの千佳さんが、さりげない一言。
一口目はちょっと微妙な感じでしたが、二口目からは、南国風味で美味しく食べられました。
部屋に戻るとき、ガイドの千佳さんから「明日はイルカと泳ぎに行きましょう」と告げられました。
その晩はテレビを消して、ランプのオレンジ色の明かりで過ごしました。
カルチャーショックを感じていました。
日本は贅沢です。
たまには大自然の島で、何もない生活も良いものです。ある意味、今日は新鮮でした。
「明日、イルカに会うのが楽しみ」とベッドに入りました。
翌朝です。
水着に上着を羽織って、千佳さんの車で港へと向かいます。
「クルーザーの船長は、ジョン・グレコさんと言ってカナダから移住してきた人です。フランス語も英語も通じます。短い日本語もオーケーですから」
と車内で説明されました。
五分で到着すると、全長十五メートルの小型クルーザーがあり、日に焼けた五十代のジョンさんが「ウェルカム」と紳士風に迎えてくれました。
桟橋から渡された板を踏んで、クルーザーに乗り込みます。
ジョンさんは「気をつけて」と日本語で女性陣に声を掛けます。
船に乗るのに手を伸ばしてくれたので、くるみは「サンキュー」と答えました。
「シュアー」とニコニコのジョンさん。
港を出てすぐに気付きました。
海はエメラルドグリーンでもう最高。透明感も凄いし、南国の白い雲もキレイ。何より太陽が近い。
日焼け止めクリームの効果を気にするほどの天気でした。
二十分後には、どこから来たのか、イルカの群れが並走を始めました。
ジョンさんはゆっくりとクルーザーを停止させ、「エンジョイ」と告げました。
ガイドの千佳さんから「では、みなさん泳ぎましょう。水泳が苦手ならば、ライフジャケットのまま海へどうぞ」とアドバイスをもらいます。
くるみたちは泳げるので、シュノーケリングにしました。
「やっほーっ」
くるみとトモエは、同時に飛び込みました。
わずか数メートルの所をイルカが泳いでいます。もうちょっとで捕まえられそうです。
野生でもあり、人懐こくもある。流線型のイルカは、優雅に泳いでいて美しく、十分に楽しいひと時でした。
ホテルに戻り、二人は夕方の海辺を散歩しました。
濃いエメラルドの海、砕けたサンゴの白い砂浜に椰子の木陰が長く伸び、穏やかな一日が暮れようとしていました。
海に沈む夕日が赤く、雲と海を染めています。
「キレイな夕日ね。もう最高」
くるみは感動してトモエに言いました。