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隕石Xに愛を込めて  作者: 静水映
第二章
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冒険者 ③

 ヴァルトルーデは子どもの頃から、精霊との交流が可能な少女だった。


 世間では精霊石を使い、アイナを捧げて初めて精霊が現れるというが実際は違う。

 精霊はすぐ隣の世界にいて、語り掛け次第では無償で力を貸してくれる。奏導術とは簡易化された交渉の手段に過ぎない。


 彼らは思考力も意志も持っている。

 初代『魔導士』を始め、歴史上の偉大な奏導術士たちが散々言ってきたことだ。

 ただし、それを多くの人は信じなかった。


 なぜなら、彼らに精霊の存在は認知できなかったし、話すことも見ることもできなかったから――。


 実際、多くの人にとって利用できなければ存在しないのと一緒だ。

 型に嵌め、人間が精霊を利用する手段を明文化するのは、精霊を利用して人類を発展させるうえでは非常に効果的だった。


「でも、そんな風に扱うから、あの悲劇は起こったんだと思うな……」


 強力すぎる近代兵器は隣の世界にまで悪影響を及ぼす。

 『亡者の嘆き』が発生したのは、『精霊世界』側からの反撃だと考えれば、戦争を行っていた2つの大陸テルラとノヴァが滅んだのも納得がいく。


「まあ、それは数ある仮説の1つだけど……」


 ヴァルトルーデはそんな近代兵器が禁忌となったこの世界で、奏導術の才能を遺憾なく発揮して地位と名声を得た。

 見えないものが見える彼女は、明確に他の生き物のように扱われた。

 精霊たちとは仲が良いが、同じ暮らしを共有できるわけではない。

 人間たちは自分に良くしてくれるが、彼らが自分の意見に共感してくれたことはない。


「……退屈。この塔にくれば、変われると思ったのに」


 塔の番人という不老の男と、支配者である巨大な動く石像。


(その二人なら、自分を少しは理解してくれると思っていたのに……)


 目の前には赤髪の少女が、1本の槍を携えて立っていた。



              ♢   ♢   ♢



 この日のために、ゴーレム対策として様々な手段を考えていた。

 コアらしき精霊石の破壊、四肢の切断、生死や気絶の概念も曖昧な敵への対策はいくつか考えたが、もっとも簡単なのは、『戦場』の外への〝押し出し〟だ。

 それは商人のハドリーが教えてくれた情報だった。


――ええ。トウモリさんから直接聞いたんですが、あのルールは『支配者』側にも適応されるらしいですよ。



Ⅵ 外壁から外へ出た場合、それは戦闘の放棄と見做され、同試練中の再入場は禁止される。全員が戦闘を放棄した場合、試練は失敗となる。



――そうしないと、『支配者』や『精霊機獣』が『戦場』の外に出て一方的に奏導術で攻撃する。そんなことも可能ですからね。


 理由を聞いて、ヴァルトルーデは納得した。


――つまり、『支配者』が外に出れば、『支配者』は戦闘を放棄したと見做されて、試練を突破したということになるわけですね。


 ジェイクの言葉にハドリーは笑顔で頷いた。


――ええ。まだガイドブックにも書いてない情報ですけどね。


――……チップ払います。


 ヴァルトルーデたちはその情報は敢えて知らない振りをして、『機械兵』や『精霊機獣』を正面突破した。

 不意を突けばあるいは、無敵のゴーレムにも勝てるかもしれないと考えたからだ。

 しかし、スナマユの乱入の結果、その作戦は霧散した。



              ♢   ♢   ♢



(……子ども? こんな塔になんで?)


 ヴァルトルーデが困惑する中、『決闘場』の壁が上がり切る。


「あなた、だれ?」


 見た目から考えれば、ナゼール同様にこの大陸の先住民の血筋か、テルラ中東部の生き残りだろうと予想できる。

 ナゼールと同じ一族なら、自分より運動神経はいいだろうが、年齢や性別から考えても奏導術の実力を埋めるほどのスペック差はない。


「……スナマユ」


 少女から返されたのはシンプルな答えだった。

 それはすなわち、『支配者』としてこの場に立っているという返事だ。


(せめて、不老の男の方なら……)


 ヴァルトルーデは失望を隠せずに、構えた杖が僅かに下を向く。


「――いくよ!」


 スナマユはその隙を逃さなかった。

 一瞬にして十メートルほどあった2人の距離が詰められた。


「くっ」


 ヴァルトルーデは咄嗟に杖で槍を受け止めた。

 スナマユの攻撃は止まらず、流れるような槍捌きで急所を的確に狙ってくる。

 1度でも当たれば、重傷は避けられない。

 その見た目からは想像できない本気の立ち回りに、むしろ温室育ちであったヴァルトルーデの方が面食らった。


「だけどね。それだけならジェイクの方が強いよ」


 手に持った杖を振り、低いピアノのような旋律を響かせる。


「『アイス』!」


 スナマユはそれを聞いて咄嗟に距離を置き、自分の槍を振って鈴を鳴らした。その見た目に寄らない、金属のぶつかり合う高い音が鳴り、少女が赤い光を帯びる。

 スナマユの目前を高速の氷片が目の前を通り過ぎる。

 息をつく暇もなく、ヴァルトルーデは杖を振り、4色の奏導術を次々と放つ。


 赤の『炎弾』、青の『氷塊』、緑の『風刃』、黒の『土壁』。


 角度や範囲も様々なそれを、スナマユは奏導術による肉体強化だけで対応した。

 スナマユは攻撃を躱したうえで、確実に反撃の一手を加えてくる。

 ヴァルトルーデは防御がしきれず、少しずつダメージが蓄積していく。


(……全部、読まれている。シレオン式だと分かり易すぎるか)


 シレオン式の奏導術は各国の奏導術の中でも、特に発動の速さと効果の安定に重きを置いている。

 こうした杖に録音されている音は共通のものが多い。


「だったら――」


 ヴァルトルーデは杖の上で指を走らせる。

 杖からはこれまでとは違った曲調、弦の弾かれる音と太鼓の音色が流れ始める。

 ヴァルトルーデの杖には、『シレオン式』だけでない奏導術が多数収録されている。


(ハクタナ式奏導術『豊穣演武』)


 ヴァルトルーデは心の中で呟く。

 精神を集中させれば、技名を叫ばなくても奏導術は発動する。

 奏導術に必要なのはあくまでメロディで、『ウインド』や『アイス』等の技名はあくまでの術者の精神――つまりアイナを整えるためのものだ。

 精霊石が赤く輝き、ヴァルトルーデの周囲に炎の円ができる。


「これならどう?」


 ヴァルトルーデは杖を振り、演武を舞いながら炎を操る。


「知ってる知ってる」


 だが、スナマユに動揺した様子はなく槍を振るう。


――ヒュンヒュン。


 ヴァルトルーデの操る札の形をした炎が、穂先で次々と打ち消されていく。

 スナマユはヴァルトルーデの詠唱の最中に、自分も奏導術を唱えており、槍の先に熱を貯めておいた。


(より強い熱によって、わたしの炎の精霊たちを混乱させて霧散させている)


 ヴァルトルーデは対処の完璧さその速さに驚いた。

 自分が詠唱を始めた数秒後には、すでに自分の戦法が読まれている。


(音色や音程によって、発光前から奏導術の色が把握できるのは分かる)


 例外はあるが、赤や緑は高音、青や黒は低音というのは概ねどの国でも共通だ。


(でも、相手は完全に技の種類まで予知して対策を打ってきている)


 しかし、例えば単純に赤の奏導術だけでも、熱を発生させるもの、炎で攻撃するもの、生命に対するの強化をするもの――と無数に種類がある。それだけ、微かな性質の違いから、精霊たちは様々な現象を引き起こす。

 今はハクタナ式の奏導術を使ったが、この様子だと他の国の奏導術でも結果は同じだろう。


(どれだけの知識、訓練を重ねれば、この反応ができるの?)


 スナマユに杖の上から蹴られ、ヴァルトルーデの手が痺れる。

 これが国や歴史を越えた知識を有する塔の『ライブラリー』による勉強と、同じく四色の奏導術が使えるトウモリとの日々の鍛錬による成果だとは、ヴァルトルーデには知る由もない。

 じわじわと、焦りと砂漠の熱さが体を蝕む。


(仕方ない。さっきのあの虎がやったことをするか)


 ヴァルトルーデはやむを得ず、相性の押し付けを図ることにした。

 相性のいい青の奏導術による冷気によって、まずはスナマユの動きを鈍らせようと考える。

 距離を取って、杖を水平に構える。


(リウギク式奏導術『ミゾレ マイ シズメル』)


 低い琴の音色が優雅に流れ、周辺が青く光り輝く。

 しかし、スナマユはそれを待っていた。

 槍の柄をカチリと回すと、底の穴から駆けるような木琴の演奏が再生される。


「リウギク流奏導術『サバク イブキ』」


 そう叫んで杖を地面に突き刺す。

 ヴァルトルーデの周囲に無数の氷の(つぶて)が現れた瞬間、足元の地面が赤く輝き高熱を放った。


「あっつ!」


 氷が一瞬にして溶けて蒸気に代わり、周囲の視界が塞がれる。

 ヴァルトルーデはその場を移動し、咄嗟に緑の奏導術によって霧を晴らそうとした。

 そして、その音色がスナマユに彼女の場所を教えた。

 振るわれる槍、杖は弾かれて空を舞い、強化されたスナマユの拳がヴァルトルーデの腹部に刺さる。

 さらに一発、二発と体制の崩れたところにスナマユは突きを入れる。


「ぐっ……」


 痛みに動揺する暇もなく、とどめの回し蹴りが体を弾き飛ばす。


「うっ……」


 ヴァルトルーデは砂の大地を転がり、気付くと空を見つめていた。


(え? 負けた?)


 それから、いつ以来かも分からない痛みと苦々しい感覚に心身を呑まれた。



              ♢   ♢   ♢



 2人の決闘の様子を、トウモリとグレイムは感心しながら見ていた。


〈お嬢、強いじゃねえか! 伊達にブラザーのしごきを受けてねえぜ〉


「そうだな。トウシラをあそこまで圧倒したヴァルトルーデ相手に……いくら油断に乗じて間合いを詰められたとはいえ……」


 トウモリと分析しながらも、内心は大喜びだった。

 イメージに反してスナマユは知識量も多ければ、頭の回転も速い。

 即座に最善手を打つ肉体的な反射神経も備えている。

 加えて、実践でも訓練時同様の動きができる精神力も持っていた。


「本当に強くなったな……!」


 その実力がシレオン王国の天才にも匹敵することが、自分のことのように嬉しい。


〈……おっと、ブラザー。まだ終わってねえぞ〉


「え?」


 モニターを見るとスナマユは追撃しないで、ヴァルトルーデが立つのを待っている。


〈訓練のとき、いつもブラザーはお嬢相手にそうしてたな……〉


「……そうだった」


 トウモリは出てしまった訓練の悪影響を見て、叱られた子どものように気分が沈んだ。



              ♢   ♢   ♢



 失意に呑まれかけ、ヴァルトルーデは一瞬このまま負けを認めようかと思った。

 だがそれを、〝彼ら〟は許してくれなかった。



「ヴァルううううう! 負けるなあああああああああああ!」



 暑苦しい声援が壁の向こう側から響いてくる。

 耳を澄ますと、壁の向こうは向こうで、『猛虎』の鳴き声や奏導術による攻撃の音が絶え間なく聞こえている。

 その合間を縫うようにして、ジェイクは叫んでいる。


「お前は最強だああああああああ! 塔の番人なんかに負けるなあああああ!」


「……あの馬鹿、恥ずかしいからやめろって」


 ヴァルトルーデはそう呟きながらも、杖を失った右手の拳を強く握りしめた。

 ジェイクは年端もいかない頃からの幼なじみだ。

 何をするにも容量が悪く、赤の奏導術一つを覚えるのにも人一番の時間が掛かった。

 向いてない。諦めろ。冒険者になんてなれっこない。

 ヴァルトルーデは内心、いつでもそう思っていた。


――一緒に冒険しよう。ヴァルと僕となら、世界中のどこにでもいけるさ。


(……いつまで、昔の約束を本気にしてるんだ)


「ヴァルちゃあああん! 塔の秘密のため頑張ってええええ!」


 続いて聞こえるのはナゼールの大声だ。

 好奇心だけで仲間になった彼は、ウザいくらいに自分と知識勝負をしようとしてくる。


「ガンバえええええええええええ」


(……エリーズ、だよね?)


 聞いたことのない大声にヴァルトルーデは驚いた。


 陰気過ぎて王国騎士団で孤立していた彼女は、ジェイクにスカウトされ、いつの間にかヴァルにとって数少ない友人となっていた。

 気が付くと、ヴァルトルーデは立ち上がっていた。


「……馬鹿ばっかりだ、みんな……わたしも……」


 目元を袖で拭うと、ヴァルトルーデは小さくメロディを口ずさんだ。


 ヴァルトルーデの周囲を白い光が包み込む。

 そのメロディは塔の知識を有するスナマユにとっても、初めて聞く曲調だった。

 ヴァルトルーデ自身の作った曲だから当然だ。


 そのメロディをシレオンの人々は〝精霊との交流〟――『テレパシー』と呼んだ。


 ヴァルトルーデが『魔導士』と呼ばれるその所以、彼女だけが使える精霊石なしでの奏導術の発動だった。

 ヴァルトルーデの両手に、細かく輝く雪のようなものが集まる。


「え? でも、精霊石は手元にないよね?」


 武器を拾うまで待つつもりだったスナマユは、その行動に虚を突かれ反応が遅れた。

 直後にヴァルトルーデは拳を構えて、一気にスナマユとの距離を詰めた。

 腰の後ろまで下げた右腕が、勢いよく突き出される。


「やばっ……」


 スナマユは咄嗟に槍でガードするも、勢いで後方へと押される。

 純粋な右手による突きだったが、それはヴァルトルーデの細い腕からは考えられないほどの威力があった。

 一瞬動揺こそしたが、その後のスナマユの対応は速かった。

 赤の奏導術を維持したまま、槍の間合いを活かした攻めに転じる。

 しかし、その一振りは左手に戻っていた、杖によって防がれた。


「えっ、いつの間に?」


 そこからのヴァルトルーデの動きは別人だった。

 白い光に包まれて杖は自在に飛び回り、手元に戻った際に放たれる単発の奏導術、両手が開いているタイミングでは強化された肉体から突きや蹴りが繰り出される。


「長距離が強いのに近距離も強いのずるいって!」


 スナマユは思わず叫んだ。

 元から多かった手数の多さがさらに増大し、スナマユは常にその対処に追われている。

 周囲には白い光、恐らく目に見えない精霊たちが山ほどいる。

 ヴァルトルーデの意志なのか、精霊たちは直接スナマユに危害を加えることはないが、彼女の肉体を強化したり杖を運んだりすることで、そのポテンシャルを百パーセント引き出せるようにアシストしている。


「やばい、強い。チートだァ……」


 唯一、スナマユにアドバンテージがあるとすれば、それはヴァルトルーデがすでに負傷していることだ。

 1度は地面へとダウンさせた格闘術のダメージ、それを回復する隙を与えずに攻めることでスナマユは辛うじて、『魔導士』相手に食い下がることができた。


「でも、楽しい……」


 スナマユは歯を食いしばったまま、高ぶった感情を奏導術に乗せた。

 その漲るアイナに刺激され、赤の奏導術は更に彼女の体の出力を引き上げる。


「……そうだね」


 ヴァルトルーデもいつしか、スナマユとの戦闘に心地よさを感じていた。


(ありがとう。ジェイク、エリーズ、ナゼール)


 塔の『支配者』は噂に違わぬ強敵だった。


(わたしを外に連れ出してくれて、ありがとう)


 拮抗する勝負。

 お互いにあと1手、勝負を決する何かを欲していた。


「あっ……」


 スナマユは白い光の量が、ヴァルトルーデが呼び出した直後に比べて減っていることに気付いた。

 そして、杖を運ぶ力が微かに弱まったのか、ヴァルトルーデが杖を取り落とし――。


「今だっ」


――ヒュン。


 飛び込んだ直後、杖が滑るようにスナマユの方へと飛び出した。


――コツンッ。


「あだっ」


 フェイントだと気付いたころには遅かった。

 ただ浮いているだけの杖だったが、スナマユは前のめりになっていた時に正面からぶつかりにいってしまい、僅かな痛みとともに体勢が崩れる。

 その隙に、今度はヴァルトルーデが、拳を握って距離を詰めようとする。


「させないっ!」


 スナマユは咄嗟に槍を投げた。

 ヴァルトルーデは焦ることなく、1度攻撃を中断して横に逸れて槍を躱した。

 追撃こそ防げたものの、槍は離れた砂の大地へと転がった。


「焦ったわね……」


 ヴァルトルーデは杖を呼び戻して、次なる奏導術を放とうとした。

 しかし、一向に杖は彼女の元へは返ってこなかった。

 スナマユが宙に浮いていた杖をがっちりと掴んでいる。


「あっ……」


 今度はヴァルトルーデの方が驚きの声を漏らす。

 そのまま、杖はヴァルトルーデの頭へと振り下ろされた。


――ゴンッ。


 こうして、呆気なく勝負の幕は下りたのだった。

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