冒険者 ②
ハドリーの予告通り、2日後の午後、冒険者たちは塔へと訪れた。
トウモリはすでにスナマユと共に、第五層の展望で待機していた。
見慣れたハドリーの砂馬車の後ろに、もう1台の砂馬車が走っており、ゲートの傍まで来ると位置を入れ替えて停車した。
砂馬車から1人の若い男が降りて、ゲートに近付いた。
短く切りそろえられた赤銅色の髪、鉄の鎧とマントを纏い、腰には剣を下げている。まるでファンタジーの勇者のような格好だ。
シレオン王国では奏導術の復権によって、古代回帰の服装が流行っていると聞いていたがその典型だろう。
〈――頼もう!〉
「何をしに塔へとやってきた?」
〈塔への挑戦だ。動機は好奇心、目的は名誉といったところさ〉
若者はニコリと挑戦的な笑みを浮かべた。
(青いな……)
トウモリがそう思う傍ら、スナマユは小声で「うおー、本物の冒険者だぁ」と小声で感想を漏らしながら目を輝かせている。
「構わないが命の保証はないぞ」
〈承知の上だ〉
トウモリは昔からの習慣でそう言ってるが、実を言うと10年ほど前から、塔にはセーフティネットのようなルールが追加されている。
Ⅶ 挑戦者たちは白煙を上げることで、即座に棄権することができる。
これはスナマユに対する教育上の影響を考えた変更だった。
挑戦者たちはゲートに置いてあるスティック状の白煙灯(折るだけで煙が出るタイプ)を使い、即座に棄権を表明できるようになった。
ゲートから出る以外の棄権の方法が確立され、挑戦者側のリスクは大きく減った。
その影響もあり、塔の挑戦による死亡者はここ10年で1人も出ていない。
「挑戦する人数は?」
〈4名だ。僕、ジェイクの他に仲間が3名だ〉
「承知した。準備ができたらゲートを開ける。声を掛けろ」
トウモリはそう言って1度、音声の通信を切った。
カメラで引き続き様子を見ていると、若者――ジェイクは砂馬車に戻り、少しして仲間たちが降りた。青い鎧を纏った大柄な女性、緑色の服を着て髪を後ろで結っているボウガンを背負った色黒の青年、それから杖を持ち黒いローブを着た銀髪の美人だ。
〈こりゃあ、分かり易い組み合わせだな〉
グレイムがその4人の編成を見て零した。
「まだ予想だがな」
「え、なになに?」
2人の会話を聞いて、理解できないスナマユが訊ねる。
〈たぶん、4人がそれぞれ奏導術の4つの系統、赤青緑黒を習得してるんだぜ。登山や航海でも4系統のプロが揃えば、大抵の状況は何とかなる〉
「言われてみれば、そんな色合いだ……」
奏導術は大きく分けて4種類に分けられる。
熱気と炎を司り、生物に使えば活性化を促す赤。
冷気と水を司り、生物に使えば沈静化を促す青。
風と癒しを司り、生物に使えば成長と回復を促す緑。
大地と死を司り、生物に使えば腐敗を促す黒。
この色は実際に奏導術を使う際に必要な精霊石の種類と、発動時に発行する際の色に由来する。
この分類はあくまでも便宜的な分類で、実際にはこれに含まれない奏導術や、変わった色の奏導術、色の説明から外れる効力を発揮することもあるのだが、概ねどの国でもこの『4分類法』に従って奏導術を体系化して管理している。
〈だから軍隊なんかでも、大体の場合、各奏導術の使い手が最低でも一人はいるもんだぜ〉
「じゃあ、4人で旅するってことは、よっぽど個々の実力に自信があるんだね」
「そういうことかもな。だが、それだけで攻略できるほどこの塔は甘くない」
トウモリたちが話している間に、四人は準備ができたのかゲートに近付いた。
〈準備ができた〉
ジェイクが先頭に立ち、そう宣言をする。
〈挑戦者は四名。魔術師ヴァルトルーデ、騎士エリーズ、弓兵ナゼール、剣士ジェイク〉
(……今の名前、どこかで――……)
その名乗りを聞いて、トウモリは何かが引っ掛かり反応が遅れた。
「……ゲートを開ける」
ゲートが開き、四人の冒険者が戦場へと一歩を踏み出した。
♢ ♢ ♢
4人の冒険者たちは武器を構えて、塔に向けて砂の大地を走り始めた。
トウモリは普段通り、『機械兵』を16体起動させて、挑戦者たちへの攻撃を指示した。
奇妙な話だが、棄権のルールが追加されて以来、トウモリは『機械兵』の投入を躊躇わなくなったため、『第一エリア』の難易度は昔と比べて相対的に上がった。
しかし今回、冒険者たちの対応は速かった。
ジェイクが振り撒いた水を、騎士エリーズが手に持ったメイスによる奏導術によって凍らせる。
凍った大地は機械兵の走行を妨げ、その隙に3人が第二エリアへと移動する。
「想像通り、あの騎士が『機械兵』相手のタンク役か……」
その予想を裏切るように、今度は弓兵ナゼールが機械兵たちの真ん中で立ち止まる。
構えたボウガンを使い、身動きの鈍った『機械兵』を一体一体狙撃する。
矢は見事に頭部へと着弾、同時にグチャリと溶け、黒いインクがカメラへとへばり付いた。
〈いい対処だな。『機械兵』特攻だ。甘く見てねえ〉
「そうだな」
多くの挑戦者が『機械兵』を足止めないし、1度でも倒すと、安心して放置して先に進む。
しかし、『機械兵』には他の『機械兵』を修復するプログラムがあり、軽微な足止めや故障では僅か数分で復旧する。放っておくとすべての『機械兵』が行動可能となり、その後の『精霊機獣』との戦いに悪影響を及ぼす。
「あのペイント弾のようなものの復旧には時間が掛かりそうだ。足場の氷も解けるまではまだ時間がかかる」
トウモリは残しておいた4体の『機械兵』を起動させようか迷ったが、まだ、騎士と弓兵の注意が『機械兵』に向いているため止めておいた。
その間にも、残る2人、剣士と魔術師が『第二エリア』に到着する。
♢ ♢ ♢
トウモリは『精霊機獣』を起動させた。
(『機械兵』を甘く見ないのはいい。だが、たった2人で『精霊機獣』を相手にするつもりか)
すでに選出は考えていた。
6人までの挑戦者に対しては、『精霊機獣』は1体しか出せない。
そうなると、トドグリやミウマビのようなサポート寄りの『精霊機獣』よりは、単体での戦闘能力の高い『精霊機獣』を選出したくなる。
「いってこい。『猛虎』トウシラ」
キューブが開き、鉱物の皮膚をした角の生えた虎が姿を現す。
トウシラは戦場へと飛び降り、『第二エリア』へと直行した。
剣士ジェイクが剣に埋め込まれた精霊石を小手の先に埋め込まれた金属で撫でて、小さな旋律を奏でる。
ジェイクは赤い光に包まれ、加速して『猛虎』へと斬りかかった。
しかし、ジェイクが近付くよりも早く、重低音が響き、周囲に重い冷気が降り注いだ。
〈力が……入らない……〉
ジェイクが動けなくなり、スピーカー越しの呻き声が聞こえる。
「トウシラは赤の奏導術士に対して強い」
トウシラは青と黒2つの奏導術を扱える。
周囲の熱とアイナを奪う冷気の結界を発生させることができるため、耐性のない赤や緑の奏導術士は足と力を奪われる。
これが、『精霊機獣』の強みの1つ。
それは多くの人間が1色の奏導術を極めるので精いっぱいなのに対して、『精霊機獣』は2色の奏導術を扱える。
それならばと、ヴァルトルーデが長距離から精霊石つきの杖を構えるが、直後に頭上から巨大な氷の塊が襲い掛かってくる。
直撃すれば死にかねない一撃。
ヴァルトルーデはやむを得ずその場から離れる。
〈…………〉
氷の塊は次々と発射され、魔術師に奏導術を唱える時間を与えない。
トウシラは近付くものは黒と青の奏導術による『結界』で静止させ、長距離から攻撃する者には青の奏導術の『氷塊』で牽制できる。
〈同時に2つの奏導術を発生させているのか? なんて化け物だ……〉
ジェイクが結界に力を奪われ、膝を付いて嘆く。
もっとも、一見すると弱点のないトウシラだが弱点もある。
〈でも、動けないんでしょ?〉
それまで、無言だったヴァルトルーデが小さく呟く。
ヴァルトルーデの杖が緑色に輝き、軽やかな音色が響く。
〈シレオン式奏導術『ウインド』〉
ヴァルトルーデの体を緑色の風が包み、身体能力を一気に飛躍させる。
氷塊を難なく躱しながら、ヴァルトルーデはさらにその風をトウシラの頭上へも向け、空中にストックしていた次弾の氷塊を粉々に砕く。
「恰好はブラフで、緑の奏導術使いだったか」
そう思ったのも束の間、今度は精霊石が赤色に輝いた。
今度は杖を振り、高音の旋律を奏でる。
「まさか……」
トウモリはカメラをヴァルトルーデの杖に合わせて拡大させる。
見ると杖には4色の精霊石が埋め込まれていた。
杖自体も見た目の素朴さに反して高い技術力が注がれているようだ。
ヴァルトルーデの指の動きに合わせてその箇所が光り、各所に空いた穴から、様々な音を鳴らしている。
「彼女は4色の奏導術を扱えるのか?」
〈『フレイム』〉
その答えを示すように、ヴァルトルーデの上空に巨大な火球が出現する。
それは一直線にトウシラに向かい、迎え撃とうと放った氷塊ごとその体を包み込んだ。
〈やるなあ。あれが1人の人間の力かよ……〉
グレイムも映像を見て、思わずそう呟いた。
〈今のうちに行け、ヴァル!〉
熱によって結界の効果が弱まった隙に、ジェイクは『猛虎』トウシラに接近した。
トウシラも今の一撃で倒れたわけではないが、ジェイクが赤の奏導術を矢継ぎ早に発動させることで、1度上がった熱を急激には下げられずにいた。
〈任せて〉
ヴァルトルーデは緑の奏導術で風を纏い、一気に『第三エリア』へと向かった。
〈わたしが塔の『支配者』を落としてくる〉
そう言って、魔術師は単身で『第三エリア』へと降り立った。
♢ ♢ ♢
「……思い出した」
トウモリは挑戦者の名前を聞いたときに感じた、引っ掛かりの正体を理解した。
ヴァルトルーデという名は、数年前、ハドリーから受け取った新聞で見たことがあった。
――〝シレオン王国〟始まって以来初の、4つの奏導術を扱う奏導術師。
たしか、見出しはそんなものだった。
齢14歳。人々は伝説の奏導術士になぞらえて彼女に二つ名を授けた。
「『魔導士』ヴァルトルーデ」
トウモリの声には感動が混じっていたが、直後に、戦場の様子を見て体の芯が冷えた。
見るとアナウンスが鳴り、形成されつつある『決闘場』にヴァルトルーデとは別の、1人の少女の姿があった。
「……スナマユ?」
〈今頃気付いたのか、ずっと前からスタンバってたぜ〉
グレイムが呆れたように言う。
「え? なんで止めない?」
〈まだ、20秒ほどある。オレが行って代わってもいいが、見届けたい気持ちもあるな〉
(スナマユが『支配者』枠? そんなことをすれば、塔が攻略されるぞ。あの『魔導士』相手に、実戦経験の乏しいスナマユ1人はあまりにも無謀すぎる。そもそもグレイムでさえ骨の折れそうな相手だ)
トウモリはグレイムの言葉を受け、目まぐるしく思考した。
(しかし、この冒険者たちの目的を考えれば、攻略されたところで――)
ヴァルトルーデの姿の次に、スナマユの背中が視界に入る。
スナマユは髪を後ろで結って、1本の槍を構えている。
1人の少女の初陣、大きくなったその背中に塔で過ごした12年間の記憶が重なる。
トウモリはスピーカーを『決闘場』に繋げて言った。
「スナマユ、勝ってこい」
それは一瞬浮かんだ打算も忘れるような、心からの言葉だった。
〈……任せてよ!〉
スピーカー越しに声が返ってくる。
トウモリは小さく祈るように、片手を胸の前で握った。