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隕石Xに愛を込めて  作者: 静水映
第二章
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冒険者 ①

 悲しい夢を見ていた。

 仲間たちが遥か遠くに旅立ってしまう夢だ。

 何かの創作物で見たような仲間たちが、まるで昔からの仲間のように接してきて、塔を出て行ってしまう夢を見た。

 無性に悲しくなる一方で、その背中がとても輝かしく見えた。


(また、これだ……。一体、彼らは誰なんだ?)


 トウモリは記憶に存在する謎の登場人物にいい加減、辟易していた。

 突然、仲間の一人、白衣を着た男性が振り返る。


「君に一つ頼みがある」


 それは初めての事だった。

 何がきかっけで、その言葉が蘇ったのか、それはトウモリ自身にも分からない。


「この塔に1つだけ秘密の仕掛けを施した。もしも、君が目を醒ますことがあったら――」


 とても大事な言葉、だけどその先は靄がかかって思い出せない。



――ラララ、ラララ~……



 そんな夢を掻き消すように、明るい歌が聞こえる。


(どこかで聞いたことがあるな……)


 トウモリが目を醒ますと、一人の少女がメロディを口ずさみながら、部屋の観葉植物に水を遣っていた。

 赤い綺麗な髪を伸ばした褐色肌の少女。

 丸みを帯びた幼さを残す顔、身長は低く体も一見すると細身だが、その実、筋肉がしっかりとついていて引き締まった体をしていた。

 少女の名前はスナマユ、トウモリが12年前に拾った赤ん坊が成長した姿だった。


「あ。トウモリ、起きた?」


「起こした? の間違いだろう」


 12年前から変わらない姿をしたトウモリは、呆れたようにベッドから身を起こした。


「塔の歌をちゃんとした曲にしたくてね」


「それでか。聞いたことがあるメロディだと思ったよ」


 塔は深夜の決まった時間に奏導術を奏で、塔自身を修復している。

 グレイムによれば、塔は自身の消耗したアイナさえ自己回復の範疇で補える永久機関という話だ。


「歌詞も考えたいんだけど、メロディが先だと難しいよね」


「『ライブラリー』で勉強するか?」


 『ライブラリー』にはかつて流行した文化が数多く記録されている。

 この大陸に限らず、今やほとんど失われてしまった2つの大陸の遺産が数多く残されている。


「ううん。最初はぼくだけの力で考えたいんだ」


「そうか。できたときは、一緒に歌おう」


 トウモリがにこやかに言うが、スナマユは苦笑いを浮かべる。


「トウモリはー、その前にもう少し歌の練習をした方がいいと思うよ」


「歌は音程じゃない、情熱だよ」


 トウモリは自信満々に言う。


「うわー、いいこと言ってて否定しづらい」


〈グッドモーニング、ブラザー!〉


 そのとき、グレイムの声がスピーカーから聞こえた。


〈お嬢、ブラザーの歌については諦めろ。慣れれば味があっていいぞ〉


「ふっ、そうだろう。私は自分にしかできない表現というものを、常に探求しているからな」


〈たしかに、ブラザーの歌こそ自由の象徴のようなもんだ〉


「そーやってグレイムが甘やかすから……まー、いいけどね」


〈それより、食事の準備ができたぜ〉


「わかった。準備したらすぐに行く」


 トウモリは軽く伸びをすると、洗面所への移動を始めた。



              ♢   ♢   ♢



  以前は簡素に手早く済ませていた食事だったが、スナマユが塔に来て以降、トウモリたちは集まって朝食を摂るようになっていた。

 もとより空間の余っていた第三層に『食堂』を作り、大きな円卓を三人で囲んだ。

 トウモリとスナマユは栽培した野菜と、時折、塔の防衛システムが自動で撃ち落とす鳥の肉を食べた。二人が食事をする間、グレイムは手元にキューブ上のパズルを用意してそれを解きながら、会話に参加する。


 この日は『ライブラリー』に保管されているアニメについて話した。

 それは古のファンタジーで、無数にある動画からスナマユが発掘したものだった。

 トウモリはいかがわしい内容でないかの確認を兼ねて、先に全部視聴した。

 内容は1人の勇者が3人の美少女と一緒に旅をするという、ラブコメ要素を兼ねたかなり俗っぽいものであった。『ライブラリー』に保管されている数多の名作映画の類とはかけ離れた内容だったが、トウモリには逆に新鮮で面白かった。

 トウモリに続いてスナマユが、スナマユに勧められてグレイムも視聴した。

 そして、3人の〝推し〟は見事に割れた。

 幼馴染剣士派のスナマユ、地味な努力家僧侶派のトウモリ、個性的な芸術家魔法使い派のグレイム。

 トウモリは冒険の内容そっちのけでヒロイン論争を始める。


「だからさあ、そこがエミリーのいじらしいところなんだよ」


「いや、しかしあの場面での発言はあまりにも考えなし過ぎる」


〈オレとしては、あの場面は後のバネッサとの対比で……〉


 同じ塔で生活しながらも、好みの全く合わない3人の会話はたまに荒れた。

 答えのない問題、単純な好みについて語り合うとき、3人の生きた年数や境遇の違いは不思議と気にならなくなる。

 トウモリは話しながら、それは発見だと感じた。


(いや、まさかこれは3人とも恋愛経験がないから、同レベルで話せるだけなのか?)


 その可能性に気付いてショックを受けたが、トウモリはふとグレイムはまだ分からないことに気付いた。


(もしかしたら、グレイムは私が生まれる前に何かしらあったのかもしれない)


 トウモリは繊細な話題かもしれないので、ここで訊ねるようなことはなしなかった。


「――トウモリ。ご飯食べたら、また『タワーディフェンス』やろうよ」


 食事の終わる間近、スナマユが目を輝かせて言った。


 『タワーディフェンス』とは、この塔の防衛システムになぞらえたシミュレーションゲームだ。

 スナマユにからすれば、この塔における数少ない娯楽だ。


「すまない。今日は『機械兵』の整備がある」


 トウモリは遊びばかりでなく、スナマユには勉強してほしいこともあり、急ぎでない用事を理由にして誘いを断った。


〈そう言わず、相手をしてやったらどうだ?〉


 グレイムがスナマユに対して、思わぬ助け舟を出す。


〈ブラザーも一時期は、1日中『タワーディフェンス』をやってた時期があったろ〉


「そうなのっ?」


 スナマユが意外そうにトウモリの方を見る。


〈ああ、そうだとも。この塔の防衛についてまだ知識の乏しかったころ、オレが教育も兼ねてこのゲームを教えたんだ。そしたら、思いのほかのめり込んでな。相手をしろってうるさかったもんだぜ〉


「そんな時期もあったな。本気のグレイムには結局1度も勝てなかったが」


〈ブラザーはタイマンとか正面切っての戦闘に拘る癖があるからな。まずはそれを直すところからだぜ〉


(……うーん。今ではどうだろうか?)


 トウモリは競争心を刺激されないわけでなかった。

 ただ、ここでやる気を見せてはスナマユの誘いを断り切れない。


「すごーーい! じゃあ、トウモリに勝ったら今度はグレイムに挑戦するね」


「そういうのは勝手から言うものだ」


「じゃあ、明日。絶対、明日勝ってグレイムにも挑戦するね!」


「分かった。じゃあ、今日のところは勉強をしなさい」


「……はーい」


 スナマユは露骨にテンションを落としながらも、トウモリの言うことに従った。



              ♢   ♢   ♢



 この日の訪問者は、1匹の〝砂馬(すなうま)〟と共にやってきた。

 砂馬とはラクダと馬の中間のような品種で、かつて砂漠化の激しかったテルラ大陸が開発した人口種の馬だ。砂馬は砂砂漠(砂に覆われた一般的にイメージされるような砂漠)でも大きな荷物を引きながら移動ができる馬力があり、温厚で人懐っこい性格をしている。

 塔に近付いているのも、そうした砂馬が引く馬車(通称砂馬車(すなばしゃ))で、荷物を力強い足取りで運んでいた。


〈ブラザー、ハドリーが来たぜ〉


「……分かった。作業はいったん中断する」


 トウモリは『地下工場』で『機械兵』生産用のラインの点検をしていた。

 『機械兵』の予備は外部からの侵攻に備えて、常に百体を越えるストックがあった。

 しかし、生産用の機械の方もたまには動かして点検する必要がある。そうでなければ、いざ必要になったとき、10年ぶりの起動という事態にもなりかねないからだ。

 トウモリは機械を停止させ、チェックリストが書かれたタブレットをスリープ状態にした。

 タブレットは分かり易いよう、所定の道具棚に戻す。


「グレイム、迎えを頼む」


〈オーケー、ブラザー〉


 平坦に広い地下の工場を、自動操縦車両が走ってくる。

 トウモリはそれに乗ると、無機質な工場の機械やベルトコンベアを眺めながら、塔までの時間を過ごした。

 塔まで戻ると、トウモリは杖を取り、エレベーターで第四層の『管理室』まで移動した。

 相手は塔への挑戦者でなく行商人なので、第五層の『展望』で迎撃準備する必要ないという判断だった。


「何をしに塔へとやってきた?」


 トウモリはマイクに向けて定型文で話す。


〈こんにちは~、トウモリさん。いつも通り、商品を売りにやってきましたよ〉


 笑みを浮かべる行商人――ハドリーは白い肌の痩せた中年男性だった。

 10年以上前、何度か塔に訪れた彼は、その度に商談を持ちかけて来ていた。

 以前はその手の誘いはすべて断っていたが、スナマユを拾ってからは事情が変わった。

 塔の物資だけでは賄えない、幼児用の衣服や医療品、それに彼女の両親に繋がる情報が必要だった。

 現在ではスナマユも成長して身元もある程度は判明したため、必要に駆られることは少なくなったが、この時に築いた信頼関係もあり、ハドリーとは今でも交流が続いている。


「いつものように隣国の情報が欲しい。できれば新聞があれば助かる」


〈もちろん。用意しておりますとも〉


 外部からのハッキングを防ぐため、端末は敷地内だけで完結している。かつては気にしなかった世界情勢も、トウモリは気にするようになっていた。


「ありがとう。おかげでこの塔の情報が10年遅れにならずに済んでいる」


〈どういたしまして。ところで、貴重な食材も、珍しい精霊石もあるんですけどねぇ〉


「それは結構だ」


〈つれないですねぇ~〉


 そのとき、トウモリの背後でエレベーターが止まる音がした。


(……なぜ、分かった?)


 トウモリはうんざりしたような気分になった。


「ハドリー来てるじゃん!」


〈スナマユさ~ん、元気ですかあ!〉


 トウモリが止める暇もなく、2人の挨拶が交錯する。


「今日も面白いものあるううううう?」


〈もちろんで、ございま~~~~す〉


 ハドリーは満面の笑みを浮かべて答えた。


「じゃあ、取りに行くねえ!」


〈お待ちしておりま~す〉


 スナマユはそれだけ言うと、エレベーターに乗って第一層へと向かった。


「私は君たちが密かに通じる方法を持ってるのではないかと疑っているよ……」


 携帯電話でも渡したのではないかというのが、トウモリの見解だ。


〈そんな信用を裏切るようなことはいたしません。ちょちょっと、鏡を使って窓に光を当ててみただけです〉


 ハドリーは悪げもなくネタばらしをする。


「なるほど……」


 そうこう話しているうちに、スナマユは『エントランス』を出て戦場を駆けていた。

 わざわざこの部屋を経由する必要はあったのか、なかったのか。


〈見せて見せてー〉


〈ええ、今日はこちら、かつてのテルラで流行っていた携帯ゲーム機を……〉


「また、勉強の妨げとなるようなものを……」


 スピーカー越しに会話を聞きながら、トウモリはため息をついた。

 一方で感謝する気持ちもあった。

 この塔には『ライブラリー』や『タワーディフェンス』くらいしか娯楽らしい娯楽がない。

 話し相手もトウモリとグレイム以外にはいない。


(塔の外と繋がりを持つことが、スナマユの人生の選択肢を広げてくれるかもしれない)


 トウモリはそう思いながら、寂しい気持ちになるのを感じた。


〈……あ、トウモリさん。それから今日は一件ご報告がありまして〉


「……どうした、改まって?」


〈2日後の午後、『シレオン王国』から1組挑戦者を案内する予定になっております〉


「そういうことか……」


 最近来る頻度が高いと思ったら、ハドリーがそうした副業も行っていたことを思い出した。

 この男の目的は元より、この塔を観光地化することだった。

 塔の『ガイドブック』も出版しており、そこには塔の防衛とそのルールに関する解説まで記されている。それを見せられたときにはトウモリも少し呆れたが、広大な砂漠を安定して行き来する術を持っているなら、いいビジネスにもなるだろう。


「別に挑戦に資格がいるわけではないが、一応聞いておこう。どういった手合いだ?」


〈ふふふ。そうですね〉


 ハドリーはその問いかけを聞いて笑みを浮かべた。


〈彼らは自分たちを〝冒険者〟と名乗っています〉

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