塔の番人 ③
塔の第五層『展望』では、トウモリがモニター越しに戦場を見ていた。
塔の展望には6つの灰色の球体があり、そのうち2つが開いていた。
6つの球体には『精霊機獣』が一体ずつ入っており、トウモリはその中から敵の戦力に応じたものを選択する。
塔の『試練』における番人の仕事は、各エリアにおける駒の配置と指示である。
『第一エリア』では『機械兵』。
『第二エリア』では『精霊機獣』。
『第三エリア』では『支配者』――つまり、試練におけるラスボスを選択する。
挑戦者の人数に応じて、配置できる『機械兵』、『精霊機獣』の数は決まっている。
挑戦者が7人から12人の場合、『機械兵』は最大40体、『精霊機獣』が2体まで配置が可能である。
初めに選んだ翼を持つ『精霊機獣』は、『霊鳥』〝トドグリ〟という。
バランス型の『精霊機獣』で空からの奇襲を得意としている。
〝緑〟と分類される奏導術による回復を得意とする。溜めに時間はかかるが青と緑の混色奏導術により雷も落とせる。
2体目の灰色の馬、『龍馬』――〝ミウマビ〟は最速の『精霊機獣』だ。
兵士たちの主な武器である小銃や棍棒では捉えるのが難しい。その反面、青の奏導術に弱く冷却されると加速が鈍くなる。鎧を着ている等、防御の硬い相手にも無力だ。
『精霊機獣』を倒すには圧倒的な個の力か、強力な連携が必要不可欠だ。
『第二エリア』の突破者は、この1年で2組も出ていない。
トウモリは小銃を捨てたサムイルの姿を見て、微かな期待を抱いていた。
♢ ♢ ♢
サムイルはタイマン宣言とは裏腹に、一目散に『第三エリア』へと移動を始めた。
「――隊長、やつが赤く光りました」
サムイルの意図を察した部下が無線で状況を知らせる。
(ありがとう。お前も『機械兵』の相手で精一杯だろうに……)
サムイルは振り向かずに手元の短刀の柄にあるボタンを押した。
ハクタナ製の武器には奏導術が使えるよう、従来の武器として役割とは別に精霊石が嵌め込まれ、音を奏でるための仕掛けが施されたものがある。
その扱いには訓練と、奏導術の適性が必要不可欠である。
「ハクタナ式奏導術。『害獣捕獲』」
刀身が緑に輝き、無骨な武器から奏でられるのはそよ風のような笛の調べだった。
背後のミウマビが助走を始める。
サムイルは敢えて振り向かないまま、『第三エリア』へと直進した。
ミウマビは走り始め、1秒もかからずにその背中に接近した。が、サムイルに追いつく直前で転倒した。
その前脚には丈夫な茶色の蔦のようなものが絡まっている。
「かかった!」
緑の奏導術は生命に使った場合、傷を癒し、時には急成長を促す。
小銃を捨てる動きはフェイクだった。
実際はその際に、サムイルは砂粒のような植物の種を撒いていた。
サムイルはミウマビの進行ルートに、奏導術で蔦を成長させて張り巡らせた。
「レナート、ミラナは私に続け! このまま『第三エリア』に突入するぞ。残る者は馬の拘束と鳥の討伐だ。仮に手に空くなら、フェンスが上がり切る前に『第三エリア』に突入しろ!」
サムイルはミウマビを振り返らずに突き進んだ。
♢ ♢ ♢
試練開始から僅か九分。
隊長のサムイルと副隊長のレナート、それからミラナの3名は『第三エリア』までたどり着いた。
鉄の敷居を跨ぐなり、警報音のようなものが鳴り響いた。
〈間もなく『支配者』が現れます。挑戦者は『決闘場』へとお入りください……〉
丁寧にも音声が試練の総仕上げを教えてくれる。
「話には聞いていた。これが『決闘場』か……」
『第三エリア』への侵入の丁度十秒後、地面から石の壁が競りあがってきた。
それから30秒ほどで壁は10メートルほどの高さまで上がり切り、塔を中心点とする円状の『決闘場』が完成する。
他の兵士たちは間に合わず、結局3人での挑戦になりそうだった。
(もう少し待つべきだったか? いや、長期戦を行えば、消耗が激しいのはこちらの方だ)
サムイルは内心考える。
『支配者』との闘いに参加するには、壁が上がるまでに入場するか、壁を乗り越えるか壊すかしての参戦が必要となる。
ルール規定にないため、外部からの援護や退場も可能だがその難易度は高い。
一方で、『決闘場』が形成されれば外の『機械兵』や『精霊機獣』と隔絶されるため、『支配者』との戦いに集中できるのも事実だ。
もう一度、警報音が鳴り響く。
〈よう、チャレンジャーたち。元気にしてるかい?〉
いつの間にか、コロシアムの中央には石造りの巨人――グレイムが立ち、顔の中央に埋め込まれた灰色の鉱物によって二人を見据えている。
塔の試練、第三の関門『支配者』。
〈久しぶりの実戦だ。あんまり本気で来てくれんなよ〉
2メートルを超える巨体が流暢に話しかけてくる様は、かえって兵士たちを圧倒する。
「きたかゴーレム。レナート、頼むぞ」
「はい。ハクタナ式奏導術。『狩猟本能』」
レナートは奏導術によって赤い光を体に纏った。
精霊の力を借りて、一時的に並外れた身体能力を手に入れる。
赤に分類される奏導術は生命に使用した場合、被術者の運動能力を飛躍的に高める。
『龍馬』ミウマビの力が容易に想像できたのも、この性質が広く知れ渡っているからだ。
ただし、赤の奏導術は反動として、体に熱が篭るため負荷がかかるという弱点がある。
レナートは背負っていた異様に大きなライフルを構えた。
それはハクタナの銃器メーカー『ヴォルク』の50径の対物ライフルを奏導術使用者用に改造したものだ。
地面には固定せず、奏導術で強化した肉体で強引に制御する。
苦労して使いこなせるように訓練したところで滅多に出番があるものではないが、こうした大物を相手にする上ではこれ以上なく頼りになる代物だ。
――ゴッ。
レナートが引き金を引くと、衝撃と共にグレイムの腕が大きく削れた。
〈いい銃じゃねえか。ロマンの塊だ〉
グレイムは腕を擦りながら、呑気にそんなことを呟いた。
「僅かに外したが上々だな。ミラナ、お前も頼むぞ」
サムイルは十分有効打になることを確認すると、続いてミラナに指示を出した。
ミラナは無言でうなずき、同様に赤の奏導術を唱えた。
「ハクタナ式奏導術。『狩猟本能』」
彼女はレナートとは異なり巨大な棍棒で攻撃を仕掛けた。
ヒット&アウェイでグレイムの体を殴っては離れる。隙を見てレナートが射撃し、2人の体をサムイルが緑の奏導術で癒す。
〈いい動きだな。だけど、奏導術はお前さんたちの専売特許じゃねえぜ〉
グレイムがそう言うと同時に、首の部分にある輪っかのような物が回転した。
――チュィン。
金属の擦れるような音がして、体から蒸気のようなものが吹き出した。
次の瞬間、距離を取ったばかりのミラナの体が吹き飛んだ。
サムイルもレナートも、一瞬何が起きたのかは分からなかった。
グレイムの石の拳がわき腹に刺さり、その速度と重量で骨が何本も折れたのだ。
「がっ、ぐっ……」
ミラナはなんとか棍棒を構えるが、グレイムはまた一瞬で距離を詰めた。
「させるかっ!」
レナートが慌てて照準を合わせたが、グレイムは射線上にミラナを置くことで引き金を引かせないように立ち回っていた。
ミラナは負傷して動きが鈍いため、それを理解しても、避ける余裕もない。
「くそっ」
サムイルが咄嗟に短刀で奏導術を奏でる。
密かに撒いていた種が成長し、蔦が現れてグレイムの足を縛る。
〈その技はさっき見たぜ〉
グレイムは一向に余裕を崩さなかった。
その直後、グレイムの足首にある輪っかが回り、今度は重低音が響いた。
――ヴヴゥン。
絡みついた蔦に黒い斑点が浮かび上がり、その強靭な茎があっという間に千切れる。
「今度は黒の奏導術か……」
サムイルは即座にそれを見抜いた。
その発動の速さとモーションの少なさがまず異常だ。奏導術を使うのに、アイナすら消費しているようにも見えない。そして、恐らく、この巨人は奏導術の分類である赤、青、緑、黒すべての系統の奏導術が使えるのだと直感的に理解した。
今度は両手首の輪っかが回転して、それぞれ違った音を奏でる。
右手は青く、左手は緑色に光る。
その直後、強い電流がサムイルの体を貫いた。
「ああああっ」
サムイルは思わず声を上げ、その場に倒れた。
地面に倒れて数秒間、朦朧とする意識の中で、レナートやミラナの悲鳴を聞いた。
〈さて、頑張ったがまだ実力不足だな。弾を装填する間に攻撃を引き付けるタンク役が欲しかったんだろうが、それを盾にされるんじゃ本末転倒だな。まあ、オレは見かけによらず速いから、そのライフルを主力に据える判断がそもそも間違ってたってことだな〉
グレイムは挑戦者に対するアドバイスを終えると、サムイルの体を抱えた。
見ると、残る2人も抱えられて呻き声を上げている。
〈でも、久しぶりにいい戦いだった。また会おうぜ〉
次の瞬間、気の抜けるような音が鳴り、3人の兵士の体は宙を舞った。
落下する感覚に対して痛みは少ない。
「くっ……」
サムイルは何とか上体を起き上がらせた、目の前には大きな壁があり、隣にはレナートとミラナが倒れている。
奏導術で体を放り投げられ、『決闘場』から追い出されたのだと悟った。
これでは挑戦時間が残っていても、まずはこの壁を越えて『決闘場』に入り直すところから始めなければならない。
(俺たちは、負けたのだな……)
サムイルは振り返り、『第二エリア』と『第一エリア』に残された兵士たちのことを見た。
「……悪夢か、これは?」
グレイムと戦っている5分にも満たない時間で、戦況は一方的なものとなっていた。
『霊鳥』と『龍馬』は受けたはずの傷も癒えており、兵士たちをボールのようにいたぶっている。『機械兵』に対しての壁役を引き受けた兵士たちも倒れ、構える盾の上から袋叩きにされている。
――ピーロロロロ。
響き渡る笛のような優しい音色。
その発信源は『霊鳥』トドグリで、緑の光は2体の『精霊機獣』を覆っていた。
「なるほど、お前の本職は私と同じサポートか……」
サムイルは無線のスイッチを入れ、すべての兵士に告げる。
「……撤退だ。全力でゲートを目指せ」
サムイルの判断は早かった。
比較的傷の浅い仲間が重傷者を背負うことで、兵士たちは足並みを揃えての逃走ができた。
その間も容赦なく、『機械兵』と『精霊機獣』から攻撃が浴びせられる。
命からがらゲートまで戻ると、兵士たちは敵の追撃を逃れて砂漠へと脱出した。
「隊長、何とか全員無事です」
「……そうだろうな。相手がそう仕向けた」
サムイルは悔しさのあまり、顔が赤くなっていた。
「そんな。敵は確実に私たちを殺しにきてましたよ」
「そんなことは分かってる。手加減をしたのは、指示を出す側だ!」
2体までしか出せない『精霊機獣』のうち1体は空からのサポート、もう1体は速さが売りの攪乱役だ。
『機械兵』の数も最大数である40体よりずっと少ないことにも、サムイルは気付いていた。
「俺たちが辛うじて生きられる程度の戦力で、この塔を防衛したんだ。あの男ッ!」
サムイルは声の主を思い出して吠えた。
「誰かが死ねば、国による報復の動機になると思ったか?」
サムイルは知っていた。
軍はこの作戦にそれほど本気ではない。
リウギクとの戦争が終わり、持て余した戦力を誇示するための暇つぶしだ。
塔の力もロストテクノロジーと言えば聞こえはいいが、殺戮兵器の乱用により国が滅んでいる以上、リスクを伴う旧時代の不発弾に過ぎない。それを国の戦力として勘定に入れる馬鹿はいない。
サムイルはそれを承知でこの任務を引き受けた。
若い兵士たちに経験を積ませる格好の機会だとも思ったからだ。
(……なのに、なぜこんなにも私は怒っているのだ)
サムイルは今さらになって、自分が本気でこの塔を攻略したかったのだと気付いた。
「これが慈悲だとするならば、私は貴様を生涯許さんぞ」
ゲートは閉じられ、サムイルの声は砂漠の乾いた風にかき消された。