旅立ちの歌を
「……準備はできたのか?」
「うん。トウモリ、行ってきます」
スナマユは荷物をパンパンに詰めたリュックを背負い、エントランスを出た。
「行ってらっしゃい」
トウモリの言葉に、スナマユは1度だけ振り返って手を振った。
〈お嬢、ハグの一つくらいしなくてよかったのかい?〉
塔の外では1足先に、グレイムが屋根付きの荷車を持って待機していた。
「いいんだ。グレイムこそ、トウモリとの挨拶は済ませた? しばらく、会えないんだから」
〈オレはもう済ませてる。あの戦いがそうだったとも言えるしな〉
総力戦から1カ月が経った。
塔の所有権がトウモリに移り、晴れて自由となったグレイムは、スナマユと共に大陸を回る旅に出ることになった。
〈なあに。オレやブラザーにとっては、1年や2年、些細な時間だぜ〉
「ふーん。まあ、いいだけどさ。それにしても、いよいよかあ」
スナマユは屋根付きの荷台には乗らず、『戦場』を歩きゲートを目指し始めた。
〈おーい。長旅になるんだぜ〉
「分かってるよ。でも、最初のうちぐらいは自分の足で歩きたいでしょ」
〈……そりゃあそうか〉
グレイムとスナマユは並んで砂の大地を歩き始めた。
「ふんふんふーん♪ ふんふんふんふん♪」
ゲートを出てしばらくして、スナマユが鼻歌を歌った。
グレイムも良く聞く曲、それは塔の奏導術をアレンジしたスナマユの曲だった。
〈ふんふふん、ふんふん♪〉
「グレイムも歌えるんだね」
〈ああ、それが旅ってもんだからな〉
まっさらな砂の大地に、足跡はどこまで続いていく。
♢ ♢ ♢
そのころ、トウモリは『展望』に立ちから二人ことを見送っていた。
〈寂しくなりますのぉ〉
トウモリの気持ちに寄り添うように、『精霊機獣』たちがキューブから次々と姿を現す。
「……そうだな」
あの戦いにおいて、全ての『精霊機獣』を倒すことはこの後の塔の防衛を考えるうえでは、やはり必要だったのだろう。
トウモリは本当の意味で彼らを指揮する立場になった。
「グレイムも去り、これからは私たちだけでこの塔を守らなければならない」
あの戦いを経て塔は、完全中立の立場を表明した。
参加者たちには、条件付きでの塔への入場が認められるようになった。
「今回の戦いで塔の手の内はほとんど割れてしまった。今は友好関係にあるが、この先『隕石X』の軍事力を知り、どこかの国がこの塔を奪いに来ないとも限らない」
トウモリは腰を下ろし、『精霊機獣』たちと向かい合った。
これまでグレイムが手を汚して守った塔の平穏を、今後は自分の手で掴み取っていかなければならない。
「少なくともスナマユとグレイムが帰るまではこの塔を守りたい。外交による立場の維持も必要だ。私の力だけでは足りない。君たちからも提案があれば言ってほしい」
〈――うん、任せて〉
〈俺たちの住処でもあるからな〉
エプシテ以外の『精霊機獣』も次々と人型になり、話し合いに加わり始めた。
♢ ♢ ♢
塔の止まった時は再び進み始めた。
それから、月日は流れる。
変わらない砂漠の光景も、風によって形を変える砂丘のように、少しずつ変化する。
多くの人が行き交い、年月が流れる。
塔に帰る者、塔に新たに住む者、塔で生まれる者、塔で静かに息を引き取る者……――。
長い長い年月が流れる。
その日も、一つの砂馬車が塔の前へとやってきた。
塔の番人は訊ねる。
〈何をしに塔へとやってきた?〉
【終わり】
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