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隕石Xに愛を込めて  作者: 静水映
第七章
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総力戦 ④

〈間もなく『支配者』が現れます。挑戦者は『決闘場』へとお入りください……〉


 挑戦開始からちょうど20分、アナウンスが鳴り響く。

 トウモリは1人、すでに待っていたグレイムと向かい合っていた。


〈ブラザー。よりによって、タイマンを選ぶのか〉


「ああ、私の性格は知っているだろう」


 トウモリの不適の笑みに、グレイムはしかし笑わなかった。


〈足手纏いを作らないためにしても、少なくともヴァルトルーデくらいは呼ぶべきだった。正直、舐めていると思われても仕方ないぜ〉


「それは戦ってから判断してほしいところだ」


 話しているうちに石壁が上がり切り、『決闘場』が完成する。

 2カ月前の『植物園』と昨日の『展望』で、伝えるべきことはすべて伝えた。

 だからもう、あとは全力をぶつけるだけった。


――キィン。


 トウモリの杖が赤色に輝いて音を奏でる。

 それが戦い開始の合図となった。

 グレイムの体に埋め込まれたリングが回転し、奏導術を発動せる。

 加速した体が振るう巨大な拳を、トウモリは同じく奏導術で強化した体で回避する。


 互いに奏導術の発動が異常だった。

 音が鳴り、杖や体の1部が光ったと思った直後には、2人は別の場所へと移動している。

 それは『隕石X』と人間の寿命ではなしえない長年の修行の賜物であったが、第三者から見れば速すぎて、どんな攻防が行われているかも分からない。


 トウモリはヒット&アウェイで戦っていた。

 強化した肉体で距離を取りながら、緑の奏導術で生み出した風の刃で、首や手首にあるダイヤルを狙った。

 それに対して、グレイムはひたすらに距離を詰めて格闘戦を仕掛けた。


 2人の1番の違いはそのフィジカルだ。

 元の体が人間であるトウモリは、グレイムの拳を1度か2度食らえば再起不能になる。

 仮に距離を取っての奏導術勝負になった場合、じゃんけん勝負のように運が絡む。万が一でも大技でも食らえば、グレイムであっても行動不能に陥る危険がある。グレイムにとって、近接戦主体は攻防両方において有効な選択だった。


(そうだ。君は基本的に、そういった戦い方しかできない……)


 トウモリはグレイムの『支配者』という立場の制約を理解していた。

 グレイムは相手の数が増えることはあっても、『精霊機獣』さえ押さえてしまえば、味方からの援護は望めない。

 つまり、演奏の時間を稼ぐ仲間がないため、異様に発動が早い奏導術しか打てないのだ。

 これらの技では、単純で短時間の強化しかできない。


〈ブラザー、お前……〉


 グレイムは違和感に気付いた。

 トウモリの杖から眺めのメロディが奏でられている。

 トウモリは時折、赤や緑の精霊に肉体を強化され、それによって俊敏な動きをしていた。


 それをトウモリ自身が杖で発動させた奏導術だと思っていたが、グレイムは長年の経験で、杖から鳴っている音と発動している効果が全く違うことに気付いた。


「ようやく気付いたか。私は確かに正面からの勝負が好きだ。ただ、これだけ時間を掛けて集めた人数の利を捨てるつもりは毛頭ない」


 トウモリの肉体強化は、石壁の外から他の人間がやっていた。

 つまり、トウモリはグレイムの攻撃を躱しながら、まったく別の奏導術を発動させていたことになる。

 風の刃による申し訳程度の反撃も、それを悟らせないためのブラフだった。


「――言っただろう。本気で挑むと」


〈この旋律は――〉


 グレイムが上空を見たが遅かった。

 太陽の位置に、紅蓮の炎の塊ができている。


「リウギク式奏導術『アメノヒ』っ!」


 それは一直線でグレイムへと降りて、その高熱をもって巨体を包み込んだ。



              ♢   ♢   ♢



 この一撃で決着がつくとは、トウモリも思っていなかった。


〈……ブラザー、お前が何を考えているのかは分かるよ〉


 哀しいほど冷たいが鳴り響く。

 周囲が急激に冷却され、グレイムの周囲を白い蒸気が包み込んだ。


〈でも、オレにはこの塔の使命以外何もないんだ。それを守るために、この塔にやってきた人間を殺したこともある……〉


 次の瞬間、トウモリの体が横からの強い衝撃に吹き飛んだ。

 霧が晴れると、そこには泥人形があった。

 そこには小さなスピーカーが付けられており、グレイムのメッセージが流れていた。


〈だからオレはいつか、誰かがこの攻略する時、その使命と一緒に死ぬんだ〉


(まずい……)


 トウモリは急いで立ち上がったが、グレイムはすぐさま距離を詰めて、さらに重い一撃を防御した杖の上からたたき込んだ。

 杖が折れて、トウモリは地面に転がり吐血する。


〈この塔はオレの墓標だ〉


 トウモリの意識が飛びそうになるのを、壁の外から掛けられる緑の奏導術による癒しの力がかろうじて繋ぎ止める。

 トウモリは何とか立ち上がって、グレイムと距離を取った。

 グレイムの顔に埋め込まれた『隕石X』は、真っ直ぐにこちらを見ていた。


「グレイム、嘘を言うな」


 トウモリは折れた杖を捨て、口から流れる血を服の袖で拭う。

 こうなってはもう、この杖で奏導術を発動させることは難しい。


「……君は塔の外に誰かが連れ出してくれるのを、ずっと待っていたんじゃないのか?」


 トウモリはそして、調子の外れた歌を口ずさんだ。



              ♢   ♢   ♢



 思い返す日々は砂漠の砂粒のような、長い長い年月の積み重ねだ。

 灰色の塔の内部から外を眺める日々……。

 トウモリは虚しさを感じても、自分が孤独だと思ったことはない。

 それはグレイムがいつも近くにいてくれたからだ。


――白の精霊は……人の真心に反応してくれる。


 ヴァルトルーデはそう言った。


――あなたの思いを素直に口ずさめばいい。下手でもいい、歌詞なんてなくていい……。


 トウモリの歌に呼応するように、砂漠の砂粒が一斉に白く輝き始める。


〈なんだ……これは……〉


 グレイムは見たことのない光景に、思わず一瞬動きを止めた。

 遅れて、それがヴァルトルーデのような精霊石を介さない、歌による奏導術の発動だと理解した。

 白い精霊たちは砂粒を操り、グレイムの周囲を包み込む。

 砂の殻はグレイムの体を覆った持ち上げ、はるか上空へと持ち上げていく。


〈まさか……このまま、『戦場』の外に出すつもりか?〉


 グレイムはトウモリの意図に気付いて、緑の奏導術でその殻を吹き飛ばそうとした。

 だが、白の精霊の力は思いの外強力で、砂の殻はビクともしなかった。速度は遅いが、このままでは確実に『戦場』の外へと出されてしまう。


〈……場外勝ちを狙うのは想定内だが、まさか白の精霊とはな〉


 グレイムは時間をかけて赤の奏導術を奏で、強化した拳で強引にその殻を破壊した。

 その正面には『展望』に立ち、杖を構えるトウモリがいた。

 ヴァルトルーデから受け取った杖が緑色の光を帯びている。


 透き通るような笛のような音色が、『戦場』全体から響いていた。


「グレイム、またな」


 周囲から放たれる突風を、トウモリは集めて巨大な矢のように放った。


 石造りの巨体が宙を舞う。

 重量が仇となり、場外に出るまでの僅かな時間で状況を覆すのは難しい。

 グレイムは自分にそんな弱点があるとは、考えもしなかった。


 その数秒、グレイムは地上の人々の姿を見つめた。

 手の空いた人間はみんな、小さな緑の精霊石が嵌められた笛を持っている。

 このときのため、まさか『聖歌隊』のような合奏まで準備してるとは……。


〈はっ。本当にまあ、よくもこれだけ集めたもんだぜ〉


――ボスッ。


 感傷も束の間、グレイムの体は塔を囲う外壁の外、砂丘の中に突き刺さった。

 『戦場』から、挑戦者たちの歓声が響き渡る。

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