総力戦 ③
グレイムが『展望』から降りたことを、冒険者チームの1人が双眼鏡で確認した。
「ナゼール! 奴が動いた」
「おう!」
それを聞くと弓兵ナゼールは、担いでいた竹の筒を置き導火線に火を点ける。
数秒で空に向けて巨大な弾が発射される。
――パンパンッ。
乾いた音が上空で弾ける。
反撃開始は、打ちあがった花火によって告げられる。
♢ ♢ ♢
――北東ゲート。
ミイサの合図を待つまでもなく、その花火の音を聞いて『聖歌隊』前方の騎士が動いた。
「全員構えろ!」
ポクニスの騎士――に偽装していたハクタナ兵たちは盾を降ろし、その背後に隠していた銃を取り出した。
兵士たちはタウサツに向けて一斉射撃を始める。
タウサツは元より体を浮かせるために装甲が薄いため、物理攻撃に弱く、集中砲火により悲鳴をあげて奏導術が途切れた。
トウシラはそれを見て焦り、これまで無害とみなしていた騎士へと標的を変える。
「遅い!」
ミイサは貯めていた炎弾をすべてトウシラに向ける。
トウシラはそのうち一発をモロにくらい、高熱によって動きが封じられる。
「天の高きなるところからの鉄槌を!」
ミイサは鎌を振るい残った電力を解き放つ。
雷は黒球で防御する隙も与えず、タウサツの体を貫いた。
トウモリの仕掛けた作戦の一つ、人員の入替えによる相性の反転。
これにより、まず『聖歌隊』が『精霊機獣』との勝負を有利に運び始めた。
♢ ♢ ♢
――南ゲート。
花火が上がった直後、鼠たちによって壁が突破される。
壁を越えた鼠たちを待ち構えていたのは、刀や剣を構えた軍服の男達だった。
冒険者チームから派遣されたリウギクのサムライたちだ。
彼らは獰猛なネズミたちを素早い剣技で薙ぎ払っていく。
ネイシズの弱点は一見すると奏導術による範囲攻撃だが、実際は詠唱の時間が命取りとなるため、近接戦闘のプロによるゴリ押しの方が有効であった。
殺傷能力こそ高いが、一匹一匹の耐久力は低いため、慌てずに対処できるなら素早いだけの害獣に過ぎない。
サムライたちは卓越した剣裁きで鼠たちを次々と無力化する。
「彼らを援護だ!」
ハクタナ兵たちもサムライたちが抑えている間に、壁を抜けてくる鼠を狙い撃ちにした。
サムライが見逃した鼠たちも銃弾を前にダウンした。
ネイシズは勝ち目がないと判断し、鼠たちを撤退させて自分の周囲に配置する。
この時点で、ネイシズとの戦いは事実上、挑戦者側の勝利だった。
♢ ♢ ♢
――北西ゲート。
花火の合図を受け、一般人の振りをしていたポクニスの騎士である6人が、ヴァルトルーデの近くへと集まった。
彼らは金属性の小型の盾を、リュックの中に隠し持っていた。
元より奏導術発動までの大人数の楽団を守ることに特化した彼らにとって、ヴァルトルーデ一人を守ることは難しいことではなかった。
エプシテの武術や糸、ミウマビの速攻に対しても奏導術も使い即座に対応する。
無論、守るだけでは限界があるが、そこは他のメンバーたちが本領を発揮した。
「『フリーズ』!」
ミウマビは休みの隙を突き、ヴァルトルーデの青の奏導術が足止めをする。
終始優勢に立ちまわっていたエプシテも、12対1という圧倒的な物量によって、じわじわと押され始めた。
冒険者たちに素人が集まっているように見えたのは、実際のところブラフだった。
彼らは純粋に観戦や交流のために集まっているのが大半で、戦闘に参加しているのは服装を変えただけの余剰に募集していたハクタナの軍人やポクニスの騎士だった。
長距離戦闘のできない二体にとって、これらの人数差をひっくり返す手立てはない。
〈だが、これだけの人数じゃ。一斉に掛かるだけで強いというわけでもないはずじゃが……〉
エプシテはスナマユたちの連携に動揺していた。
スナマユ、ジェイク、イシザキ、それに長距離からの援護射撃。武器も射程も違うはずの彼らが互いの動きを邪魔していない。
〈ただでさえサムライたちを減らしているというのに、ようやりおる……〉
これらの連携が行えるのは彼らの訓練の賜物といえた。
ナゼールの弓やシレっと混ざっているベテランハクタナ兵の射撃も厄介だった。
〈寄せ集めの集団、その見た目のバラツキ自体が違和感を消すためじゃったのか……〉
よく見るとハクタナの軍人は人種や体格で判断できそうなものだったが、それは事実が分かった後での話だ。
攻めはジェイク、射撃はナゼール、護衛はエリーズ、部隊いつの間にか見事に綺麗に三つに分かれ、それぞれが最大のパフォーマンスを発揮していた。
身軽なスナマユは劣勢の部隊があればそこに加わり、チーム全体の緩衝材として機能している。
そこまで盤面が整えば、あとは――。
「ヴァル! 任せた」
「『フォーエレメンツ』!」
虹色に輝く杖から白い光の弾が放たれる。
『魔道士』の一撃はいとも簡単に『精霊機獣』たちを飲み込んだ。
爆発の衝撃によって砂煙が周囲を覆う。
「――やったか!?」
ジェイクが二つの光弾がエプシテとミウマビを包んだのを見て叫んだ。
「うっ……」
その直後、ヴァルトルーデが杖を落としてその場に倒れ込む。
周囲に次々と悲鳴が聞こえ始める。
「なにが起きてる?」
ジェイクが剣を構えて警戒していると、目の前に赤い人影が現れた。
黒い木刀が剣を弾き、さらに強力な蹴りを放たれる。
「ぐっ……人?」
ジェイクを気絶させるべく、さらに黒い法被を着た鉱物の体をした人型の怪物――人間形態となったミウマビが木刀を振り上げる。
――ガキンッ。
ジェイクが思わず閉じた目を開けると、そこには槍で木刀を受け止めるスナマユの姿があった。
「知らなかったよ。人型に成れたんだね」
〈……スナマユ。やるじゃないか〉
「しかも、話せるんだ……」
ミウマビは即座に赤い残像だけを残して姿を消す。
高速で動くミウマビから繰り出される剣技、スナマユは全神経を集中させた。
盗賊から受けた傷はもう完治しており、優れた聴覚を万全に使える。
風を切る音の中に微かに高音が混ざるのが分かる。
――ヒュン。
スナマユは胴を一直線に薙ぐように振られる木刀を足さばきだけで躱した。
「やっ!」
カウンターで突き出した槍がミウマビの顔を掠める。
〈ふっ……〉
目にも止まらない戦いが始まった。
砂煙が晴れ、エリーズたちに無事拘束されたエプシテの姿が見える。
ミウマビはスナマユとの戦いに集中しており、そちらを助けるつもりはないようだ。
「よかった。1体はやれてたのか……」
〈くそう……。でも、ワシが人型によっても小柄になって弱体化するだけじゃし……〉
エプシテは悔しそうに両手の両足に嵌められた枷を見つめる。
スナマユは自身も赤の奏導術を使い、時折、木刀が体を掠めながらもなんとか食らいつく。
両者は一見互角……だが、ジェイクには分かった。
(これは、相手が遊んでるな……)
赤い光の先に微かに笑い声が聞こえる。
リウギクのサムライのような出で立ちになった『精霊機獣』は、目の前の敵を十全に楽しむべく、じわじわとその速度を上げていく。
「ははっ……」
それに対するスナマユも笑っている。
(いや、これでいい。俺たちは時間さえ稼げればいいんだ)
ジェイクがそう思ったとき、ちょうど、南の空で乾いた爆発音が聞こえた。
♢ ♢ ♢
――数分前、南ゲート。
トウモリは『霊鳥』トドグリのしがみつくようにして戦っていた。
元より、単騎で『精霊機獣』を相手にするなど、無謀にも等しい状況だ。この作戦において人員を打倒ネイシズに割き、優秀な兵士を他チームに回した代償でもあった。
トウモリは体中に傷を負い、それでも、どうにか勝利のための仕込みを終わらせた。
「サムイル頼む!」
「任せろ!」
トウモリの合図を待っていたサムイルは、精霊石の埋め込まれた短刀を撫でる。
「ハクタナ式奏導術『害獣捕獲』」
サムイルの精霊石が緑に輝き、それに呼応するように、トドグリの体がきらきらと輝いた。
トウモリが距離をとった直後、トドグリの硬い体に嵌め込んでいた種が成長し、丈夫な蔦となってその体を雁字搦めにした。
――ドズン。
動きを封じられたトドグリは地面へと落下する。
「大丈夫か?」
トウモリが着地すると、サムイルが駆けつけてきた。
「ああ、ほとんどアイナも消費してない」
「とはいえ傷だらけだな」
サムイルはすぐさま緑の奏導術を奏でて、トウモリの体の傷を癒す。
「行くのか?」
「ああ。作戦通りなら、今、すべての『精霊機獣』が戦いに集中している」
サムイルはそれを聞くと、空に向けて発砲した。
――パンッ。
青白い空に空砲が弾ける。
トウモリが戦いを始めるという、この作戦における最後の合図だ。
「武運を祈る」
トウモリは頷くと、単身で『第三エリア』へと駆け出した。