総力戦 ①
作戦決行当日、トウモリはゲートを出てそれぞれのキャンプを回った。
3つあるゲートの近くに、大陸中から集められた人々の姿がある。
「トウモリさん、おはようございます」
南ゲートを出ると、真っ先にフローティアが出迎えてくれた。
「おはよう。長旅で体調を崩した者はいないか?」
「今のところはそういった報告は受けていません。これからどうしますか?」
「少し各キャンプを回ってくる」
「分かりました。わたくしはこのまま南ゲートでみんなの報告を受けますね」
フローティアは各キャンプを行き来する他の商人たちから、情報を受け取る立場のようだ。
まだ若く、父親の跡を継いで間もないのに立派なものだと、トウモリは感心した。
「ああ、よろしく頼む」
ゲートの近くにはサムイル率いるハクタナ陣営のキャンプがあった。
軍服を着た男たちはすでに全員テントから出て運動を始めている。性別こそ男性の割合が多かったが、年齢層にはばらつきがある。
「無事、全員揃ったか」
「ああ、トウモリ。見ての通り砂漠の行軍程度で消耗する面子でもない」
サムイルは胸を張り、自国の仲間たちを信頼の眼差しで見つめた。
「それは心強いな。このチームだけは、絶対に倒れられたら困るからな」
「ふっ。任せておけ。俺と同じで、燻っていた男たちが大勢集まってくれたからな」
サムイルの言う男たち――退役軍人たちの軍服は、どれも年季が入っていた。
「……経験を積んだ兵士たちか。心強いな」
「それから、レナート――塔挑戦の際の副隊長が腕利きを集めてくれた。簡単には倒れんさ。……それよりも、俺はお前の方が心配だ。自分からこのチームに入ると言ったんだ。途中で倒れたりしたら承知しないぞ」
「安心しろ。そんなことはあり得ない」
トウモリは軽く微笑むと、続いて北東ゲートへと向かった。
♢ ♢ ♢
北東ゲートにはポクニスの『聖歌隊』が揃っていた。
「トウモリさん。この度は我々を招待していただいてありがとうございます」
眼鏡をかけた女性――マザー・マリサが隊を代表して出迎えてくれた。
「こちらこそ、遥々来てくれたことに感謝する。『聖歌隊』の活躍に期待している。……ところで、シスター・ミイサは?」
彼女は『聖歌隊』の肝であるはずだ。
「……うーーん。彼女は今、精神を統一してます。本当は、顔を見せるはずだったんですが、何を今さら臆病になっているのでしょうね」
「マザー、仕方ありませんよ。あの子、戦ってるときは大胆ですけど、普段はおしとやかなんですから……。そこがいいんですけど……」
隣のおさげのシスターが小声で口を挟む。
「そうですね。彼女も戦いになれば本領を発揮してくれるでしょう」
トウモリはその会話を聞いて、ミイサの教会内での立ち位置を少し理解した。
「それではまた。挑戦開始30分前に南ゲートに集合してほしい……」
トウモリが背を向けたタイミングで、奥のテントがバッと開いた。
「と、とと、トウモリ様!」
振り返ると、顔を真っ赤にしたミイサがこちらに駆け寄ってきていた。
その姿は『戦場』で見るよりもずっと小柄に見える。
「ミイサちゃん、よく頑張ったわ……」
ミイサを見て、おさげのシスターが目元を押さえる。
そんなギャラリーを横目にトウモリはなるべく自然に笑みを浮かべる。
「シスター・ミイサ。久しぶりだな。元気だったか?」
「は、はい。今日は、必ず役割を果たします。ですので――……」
ミイサはトウモリと顔を合わせられずにいた。
「ああ、期待している」
トウモリが笑顔で手を差し出す。
その優しい言葉を聞いて、ミイサはようやく顔を上げることができた。
「はい!」
2人は強く手を握った。
北東ゲートを離れてしばらくしてからも、その温かい手の感触が残っていた。
♢ ♢ ♢
北西ゲートでは、シレオンやリウギクの合同チームがキャンプを構えていた。
ヴァルトルーデたち冒険者と、彼らが道中に仲間になったというリウギクの〝サムライ〟たちが主なメンバーだ。
シレオンの国民が多いが、冒険者たちが個々に集めたメンバーのため、他の2チームと違って、あまり統一感のない恰好をしている。
ヴァルトルーデの募集に応じた学者、ジェイクの友人の兵士、ナゼールのオタク仲間、エリーズは人見知りが幸いし仲間を集められなかったようだ。
サムライたちは強いものの、冒険者たちの募集した追加メンバーは戦闘経験が浅い、もしくは全くない。そういった事情もあり、他の2チームと比べると、核となる戦術が存在しない。そこはヴァルトルーデを始めとする個の力で補う予定だ。
「あ、トウモリ。やっときた」
スナマユも強力な戦力として、このチームに加わることになった。
「……初めての挑戦者側、緊張してきたね」
「そう? 挑戦者って結構気楽なもんだと思うけど」
1人傍にいたヴァルトルーデがスナマユの落ち着かない手を、ギュッと握りしめた。
「あまり緊張してると、精霊たちも怖がっちゃうから」
「ありがと。そうだよね。あまり迷ってちゃダメだ」
スナマユは元来冒険者たちとは仲が良いこともあって、チームには溶け込めているようだった。
「君たちは……なんというか、変わらないな」
トウモリは人数が増えても、明るく談笑している彼らを微笑ましく思った。
「まさか、こんな早く塔に戻ってくるとはね。そこはトウモリさんに感謝だよ」
ヴァルトルーデは笑顔で言い、それから少しだけ声を落として聞いた。
「ねえ。トウモリさん例のアレ、できるようになった?」
「……ああ。この1カ月の間、相談に乗ってくれてありがとう。本番でうまくいくかは分からないが、少なくとも練習では上手くいった」
「……へえ、驚いた。やっぱり、世界は広いね」
ヴァルトルーデは心底嬉しそうに笑った。
♢ ♢ ♢
挑戦開始30分前、すべてのチームのメンバーが1度、南テントの前に集まった。
挑戦者と付き添い、サポートの商人たちと人数は100人近くもいる。
トウモリはフローティアが即席で用意したお立ち台に上がった。
大勢の前で話すのは初めてだが、不思議と緊張はしない。
「――今日は遥々よく集まってくれた」
トウモリは集まった人々を見渡した。
人種も国籍も、主義も信念も違う人々が1つの目的のために集まっている。
「それもすべて、尽力してくれた商人や参加を許可してくれた各組織の責任者たち、何より砂漠を越えて集まってくれた君たちのおかげだ。この光景を見るだけで、私はこの大陸の未来に希望を感じてしまう」
これだけで何か世界が変わるような、そんな気持ちを感じているのは、おそらくトウモリだけではなかった。
「だが、これから始まるのは、血生臭い戦いだ。そして、私はこの挑戦の主催者として、必ずこの戦いに勝ちたいと思っている。体調不良に陥っている者や実戦を前に体が動かなくなった者がいれば、遠慮せず名乗り出てほしい。数人だが、代わりに出場できる者もいる」
トウモリの目に甘えはなかった。
こんな風に人を集められるのは1度きりだ。
その1回に、トウモリやスナマユ、グレイムの未来もかかっている。
「必ず勝利で終わらせよう。そして、勝ったあかつきには、またここで集まり、勝利の祝杯を上げよう!」
トウモリの切った啖呵に対して、集まった人々から自然と歓声が上がった。