決戦前夜 ①
その退役軍人はある覚悟をもって塔に来ていた。
彼はかつてのリウギク国との戦争において武勲を挙げ、子供たち、さらには孫たちに対して誇りと多くの財産を残した。
しかし、先日病の妻に先立たれ、余生の楽しみを失った彼にある思いが芽生えた。
やり残したいことがしたい。
真っ先に思い浮かんだのが、彼の輝かしいキャリアにおける数少ない失敗、ハクタナの白い国旗に付着してしまった染みのような汚点、砂漠の塔の攻略失敗だった。
「我儘? そんなことは分かってる」
退役軍人――サムイルは自問自答する。
この我儘に誰かを巻き込む気は毛頭なかった。
彼は1人、退役後の鈍った体に鞭をうち、再び肉体を鍛え上げ、奏導術の訓練も行った。
「やるからには徹底的にだ」
ボケ始めていた彼が見る見るうちにいっぱしの男に戻っていく様子を、周囲の人間は好奇、あるいは心配の目で見守った。
訓練を初めて半年が経った頃、サムイルはようやく全盛期とはいかないまでも、当時の8割程度の力を発揮できるようになった。
満を持して、砂漠へ1人赴く。
廃棄前の軍用車両を借りて丸1日運転し、深夜に白い塔と『戦場』を囲む外壁の前までたどり着いた。
〈――この塔へ何をしにやってきた?〉
12年前と寸分違わぬ質問が、同じ青年の声によって投げ掛けられる。
「わたくしはハクタナの元大佐サムイルだ。12年前の雪辱を晴らすべく、今度は個人の意思で塔を攻略しにやってきた」
〈ただ1人でか?〉
「そうだ。ゲートを開けてもらおう」
サムイルは引き下がるつもりは毛頭なかった。
全身全霊をかけて、この塔に生きた爪痕を――。
〈――断る〉
「……は?」
トウモリの言葉にサムイルは固まった。
塔の挑戦を断られる前例は聞いたこともなかった。
〈サムイル、ここは貴様の墓場ではない。本気で攻略したいなら、私に力を貸せ〉
そして、サムイルはトウモリの作戦を聞いた。