隕石Xの物語 ④
その夜、トウモリは天井を見つめながら考えた。
頭の中で今日見た映像や、グレイムの言葉がグルグルと回る。
塔の正体も、自分の正体も概ね分かった。
『魔導士』のクローン個体、ほかの精霊機獣と違い四色の奏導術が使えるのはそれが理由だった。老けない自分にもタイムリミットは存在することも分かった。
グレイムのこと――映像では別れの場面までしか確認できなかった。
あのあと、グレイムが受けた苦しみや悲しみは彼の言葉から想像するしかない。
『亡者の嘆き』によって通信が断たれたあと、そこからの孤独の日々を彼はどう過ごしたのか……。
すべてを知ったあともなお、トウモリは何も分からないままだった。
「そうだったのか……。私が知りたかったのは、私が誰のクローンとかそういうことじゃなかったんだ」
それを知ることができたのも、グレイムがすべてを話してくれたからだ。
「大事なのは、私が何をしたいのか。グレイムやスナマユがどうしたいのか……」
どうやって生きたいか……。
それを理解することが何よりも大事だと気付いた。
思考がまたグルグルと回る。
照明を落として、ベッドに横たわると目を閉じた。
その日の夜、トウモリはまた夢を見た。
映像でも聞いたマモリ博士の声、心なしか、それは以前よりも鮮明になっている。
「君に1つ頼みがある。この塔に一つだけ秘密の仕掛けを施した。もしも、君が目を醒ますことがあったら――」
これは妄想かもしれない。
トウモリはそう思いながらも、この言葉の続きを待った。
「あいつをこの塔から外に出してやってくれ」
1つ言えることは、それは今、トウモリが最も聞きたい言葉だった。
♢ ♢ ♢
翌日、思わぬ来訪者が訪れた。
『管理室』での作業中、その砂馬をカメラ越しに見たとき、トウモリは思わず声を上げた。
「――あれは……」
トウモリは急いでカメラを起動させた。
ちょうどそのタイミングで、チャイムが鳴った。
ハドリーの砂馬、それだけじゃない。その荷台自体がハドリーの持ち物だった。
ゲートの前に立っているのは、見たことのない金髪の少女だった。
その優し気な目元には、あの商人の名残が確かに残っている。
「……あなたは?」
トウモリは定型文を使わずに聞いていた。
〈トウモリ様ですね。わたくしはハドリーの娘、フローティアと申します。長い間、父がお世話になりました〉
トウモリは言葉を失った。
それを見越してか、フローティアは早速要件を告げる。
〈トウモリ様。わたくしはあなたと話をしに来ました。少し、お時間をいただけますか?〉
「……ああ、話をしよう」
フローティアはまず、父親の行動を謝罪した。
盗賊たちの言動から、自分のために塔の攻撃に加担したことは想像できたようだ。
それから、自分を救ってくれた『精霊機獣』たちへの感謝を告げる。
その後、二人は長い時間を掛けて話し込んでいた。
フローティアは父親から聞いた塔の話を、まるで好きな物語を語るように話した。
途中、熱さでフローティアが倒れないか心配になるほどだったが、彼女は想像以上に健康でパラソルを立て、水分補給をしながら元気にしゃべり続けた。
〈病弱なわたくしにとって、あなたたちはまるで物語のヒーローみたいで、それでいて身近な友達なように思えて……勝手ですけれど〉
「……いいんだ。スナマユもきっと喜ぶ」
トウモリは口にしてから、スナマユを呼ばないといけないと思い出した。
〈その一方で、父はこの塔に挑戦する人たちのことも応援していました……もちろん、例外はいますけれど〉
「……知っている。変な話だが、その気持ちはわたしにも分かるんだ」
ハドリーが『ガイドブック』を、トウモリは読んだことがあった。
塔の人数制限などの非公開情報について挑戦者が詳しいのも、ハドリーが書籍や口頭で外部に広めているからだし、それを彼は隠そうともしなかった。
トウモリがハドリーの行為を止めなかったのは、トウモリ自身もどこか期待していたからに他ならない。
〈塔を攻略した先に何があるのか、父は死ぬまでにそれを見たいと言ってました〉
「攻略した先……」
トウモリは胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……塔の外か」
〈……え、なんですか?〉
「いや。こちらの話だ。フローティア、1つ頼みがある」
思い出すのは、赤ん坊だったスナマユを拾いに塔の外へと向かった夜だ。
あの時と同じ熱が、今、トウモリのことを突き動かしていた。
〈なんでしょう?〉
「これから人を集めたい。その協力がしてほしいんだ」
〈人ですか。もちろん、手伝うつもりですが、集めて一体何をするんですか?〉
トウモリはそして、フローティアに向けて、あるいは会話を聞いているはずの『支配者』に向けて告げた。
「戦力を整えて、私がこの塔を攻略する」