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隕石Xに愛を込めて  作者: 静水映
第五章
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隕石Xの物語 ③

 グレイムに与えられた役割は塔の管理とマモリたちの宇宙船と連絡を取りながら、必要に応じて奏導術による物資の輸送を行うことだった。


「最終的な目標は『鉱石X』を見つけ出すことだ。まあ、今回は君の奏導術がどの程度宇宙で有用か試す事の方がメインだけどな」


 リウギクの所有する『鉱石』の一部は、宇宙船に積み込まれて試験的に利用する。


〈なあ、遠征はどれくらいの時間になるんだ?〉


「短くても10年――いや、他国の類似したプロジェクトを見るに、僕とカナタはもう地球の土を踏むことはないのかもしれない」


〈……どうしてそうなる?〉


「政府は君の暴走を危惧している。船内の『鉱石X』の管理者として、僕が選ばれた理由はそれだ」


 グレイムはそれを聞いて、本気で暴走してやろうかと思った。


〈馬鹿げた話だ。だったらオレを宇宙船に乗せればいいだろ。その方がよっぽど永続的な活動が可能になる……かもしれない〉


 グレイムは宇宙で奏導術が使えないのは、〝精霊が生存できる環境がないから〟それだけが理由だと考えている。

 逆に言えば、それさえ解決できれば奏導術はいずれ使えるようになる。

 そうなれば、この塔を使った物資の輸送など以後は不要になる。

 リウギクも同じ見解だからこそ、度重なる失敗を重ねてもなお、『鉱石X』を宇宙船に乗せるのだろう。


「そんな真似はしないさ。手放したくないんだよ」


〈……すまねえ。マモリ〉


「謝るな。謝りたいのは私の方だ……」


 マモリはモニターに寄りかかり目元を覆った。


「こんな形でなければ、宇宙に行く夢が叶うのをもっと喜べたのにな」



              ♢   ♢   ♢



 マモリが塔を出る日は、その日から2カ月後だった。


〈オレはこの状況を打開する方法を、毎日のように考えた。

 だけど、何か良さそうな案を思いついても、一時間もすればそれは無理だと思い至るんだ。

 結局、オレに手元にあるカードは暴力だけだった。

 今の荒廃した世界ならともかく、当時の世界を相手にするにはそれはあまりにも心許ない力だった〉


 そして、何も出来ないまま、その日がやってきた。

 マモリはその日も、『管理室』にこもって何かをやっていた。


〈おい、マモリ。まだ、そこにこもってるのか?〉


「ああ、防衛システムの仕上げをやっていてな」


〈『機械兵』に砲撃による『防衛システム』。『精霊機獣』だっている。リウギク陸軍が来るまでの時間稼ぎはそれで十分だろ〉


 グレイムはマモリが内緒で何かを仕掛けているのには気付いていた。

 しかし、政府への何らかの対抗手段であることも考えられたので、敢えて詮索はしなかった。


「いいや。私が考えてたのは、その先のことなんだが……」


〈……ああ?〉


「気にするな。君がいずれこの塔の外に出るなら、そのとき分かる事だ」


〈なんか、意味深じゃねえか〉


「ははは。私の置き土産だ。そろそろカナタが来る時間だな」


 マモリは『管理室』を出て、自室に向かった。

 グレイムは先に第一層の『エントランス』に向かった。

 しばらくして、荷物を抱えたマモリが降りてくるのを見て、グレイムは何も考えたくなくなった。


〈なあ、マモリ。オレがこの塔を出る日が来るなんて思うか?〉


 グレイムは『展望』でのマモリの言葉が気になっていた。


「当たり前だろ。君には永遠に近い時間があるんだ。その時はきっとやってくる」


〈……オレはいつまででも、二人の帰りを待つぜ〉


「それは嬉しいな。でもな、グレイム。待つのに疲れて耐えられなくなった時は、あの……最後の『精霊機獣』である〝トウモリ〟を起こしてやるといい」


〈やめてくれ。そんな重荷をあいつに背をわせたくねえ〉


「……お前らしいな」


 マモリとグレイムは向かい合った。

 こうして、正面から他人を見つめ合うことなんてなかなかない。

 ただ、二人は向かい合って、これが最後の別れであることを実感しあっていた。


「元気でやれよ」


 マモリはグレイムに微笑みかけた。

 ドアが開いて、カナタがエントランスに入ってきた。

 グレイムは挨拶を交わして、カナタとは長いハグをして、それから二人の門出を見送った。



              ♢   ♢   ♢



〈それからしばらくは、リウギク側が提案した通り、オレは塔の管理をしながら宇宙船との連絡を行った。宇宙への奏導術による物資の射出だが、実のところ、思いのほか上手くいったんだ。精霊は大気圏外ではまだ観測できていないが、そこに至るまでの加速とコントロールは可能で、当時の宇宙船との距離ならばまず外すことはなかった。それだけ、当時の人類の科学力が凄かった証明でもあるんだが……〉


 しかし、この先に起こることはトウモリでも知っていた。


〈だが、2つの大陸間の戦争と『亡者の嘆き』が全てを駄目にした。ノヴァ大陸連合はおろか、リウギクの首脳陣や研究者たちの多くが精霊たちによって殺された。それから、衛星も落ちて、宇宙船との連絡は一切取れなくなったんだ〉


 塔に取り残されたグレイムは、毎日のように星空を眺めた。

 長い長い年月の中でも、奇跡的に宇宙船が帰還することを祈らない日はなかった。


〈マモリやカナタのことを考えた。あいつらは、宇宙にいることが怖くないのか……。オレはこの広大な砂漠で一人ということが、時折、耐えられないくらい怖くなった〉


 ここで映像が微かに途切れた。


〈オレはいつしか、希望を胸の奥にしまい込むことにした〉


 そこから気が遠くなるほどの時間が経った。

 政界情勢は変わり、生き残った『バレン大陸』の国々の関係にも少しずつ動きが見え始めた。

 オレはこの塔を守るため、リウギクや他の三国と交渉しなければならなかった。


〈そうやって希望を見ないようにしているうちに、本当にその希望は輝きを失っちまった。マモリやカナタの寿命じゃ、今さら連絡が取れたところでもう……手遅れなほどに時間が経った〉


 恨めしいほど丈夫な『隕石X』を破壊する術がないわけじゃない。

 その衝動が芽生えたのも、一度や二度じゃなかった。

 だが、それを実行することは、マモリたちに対する裏切りになると思って実行ができなかった。


 気が狂いそうになる世界で、オレは孤独に耐えて生き続けなければいけなかった。


〈……だからオレは結局、ブラザー。お前を頼ることにした〉



              ♢   ♢   ♢



〈〝トウモリ〟はかつて『魔導士』と呼ばれた男のクローン個体で、『鉱石』を埋め込んだ『精霊機獣』の1人だった。だが、人体ベースのせいで不老であっても不死ではなく、活動期間には限りがあった。だから長い間、コールドスリープがされていたんだ〉


 トウモリは自分の鳩尾にある『隕石X』を撫でた。

 ふと、思う。

 自分がコールドスリープしていたのなら、時折見るあの夢は、『隕石X』の方の記憶なのではないかと……。

 どうして視界を持つのか。なぜ頻繁に夢に見たのか。

 詳しいことは分からないが、そう考えれば納得いくことがいくつもあった。


〈もうリウギクに禁止されてなくても、外に行くこともしたくなかった。変わり果てた世界を見ることが、マモリたちの死を直視することになる気もしたんだ〉


 グレイムはそれから声のトーンを落とした。


〈塔の防衛のルールなんか使ったのは……なんでだろうな。たぶん、相応しい誰かにオレの使命を終わらせてほしかったんだ。与えられた使命を放棄する理由を探した結果ともいえるかもな〉


 プロジェクターが止まり、スクリーンは動かなくなった。


〈これで、オレの話は終わりだ。あとは今の今まで、塔を惰性で管理してきたんだ〉


 グレイムがスクリーンの方まで歩いてきて、現在進行形でそう言った。


「……ううっ……」


 トウモリが横を見ると、スナマユの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。


〈ちょっと最後の方は駆け足になったが、大体理解できたか?〉


「ああ、おかげで腑に落ちることがいろいろあったよ」


 トウモリは俯いた。自分の気持ちを整理することで精いっぱいだった。


〈こんなことだからよ。お嬢もブラザーも、自由にしていいんだ。オレは好きでこの塔に残っていて、その寂しさを紛らわすためにブラザーを起動させた。塔を守るなんて、ありもしない使命を与えてな……〉


 トウモリにグレイムを恨む気持ちは微塵もない。

 だが、消化しきれない何かが、腹の奥に溜まっていた。

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